インバル&都響 クック補筆版で聴くマーラー10番 | 今夜、ホールの片隅で

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東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

🔳都響スペシャル(2/23東京芸術劇場コンサートホール)

 

[指揮]エリアフ・インバル

 

マーラー/交響曲第10番 嬰ヘ長調(デリック・クック補筆版)

 

長らく聴かずに避けていたマーラーの交響曲第10番を、ようやく実演で初めて聴いたのは、2018年4月のノット&東響による第1楽章アダージョ(ラッツ校訂版)。同じく第1楽章を2020年9月には紀尾井ホール室内管による弦楽オーケストラ版(ハンス・シュタットルマイア編)で、2021年11月にはN響チェンバー・ソロイスツによる室内オーケストラ版(カステレッティ編)で初めて全楽章を聴いた。そして今回、待望のフルオーケストラ版による全楽章を初体験。録音で聴いているとは言え、生音で触れるマーラーの交響曲としては最後の「新曲」。

 

これが第3次マーラー・シリーズの開幕となるインバル&都響による演奏は、初めて体験する響きなのに、演奏し慣れたレパートリーのような安定感がある(実際、国内で最も多くこの曲を演奏しているのはこのコンビではないか)。デリック・クック補筆版については木幡一誠氏による解説に詳しく、クックの没後に至るまで続いた改訂により3ないし4種類存在するスコアを基に、インバルが独自に折衷させた形で演奏されているようだ。なおオケはチェロが手前の通常配置だが、このレイアウト、最近ではほとんど見なくなった気がする。

 

今では聴き慣れた第1楽章は別として、第2楽章スケルツォと第3楽章プルガトリオは、既存のマーラーの交響曲の楽章にかなり似た印象がある。しかし第4楽章スケルツォ以降が真の未体験ゾーンで、この楽章の終盤の打楽器の処理はショスタコ的(打楽器奏者は6人で、ダブル・ティンパニ、ハリセンに似たルーテも登場)。第5楽章フィナーレは軍楽隊用大太鼓の異様な打撃が執拗にくり返され、マーラーの全作品中随一とも言うべき孤高のフルート・ソロがあり、最後に弦が狂ったようなグリッサンドでしゃくり上げた後、息の長いディミヌエンドで消えてゆく。

 

全体としては、自然とか宇宙とか死後の世界とかそういうスケールの大きい話ではなく、もっとパーソナルな、ひとりの人間の内面に生起する感情を掬い取った音楽であるように感じられた。

 

終演後、この公演を最後に退団するヴィオラの店村眞積氏に、インバルから大きな花束、メンバーからもう1つの花束、さらに釣り竿(?)が贈られ、退場前にはコンマス矢部氏に促されステージ手前で一礼。これまで見てきたオケマンの去り際でも、これほど盛大なのは珍しい。ヴィオラ奏者の最後の演目がマーラー10番というのもいいですね。