井上道義&N響 「バビ・ヤール」1941/2024 | 今夜、ホールの片隅で

今夜、ホールの片隅で

東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

🔳NHK交響楽団 第2004回定期公演(2/4NHKホール)

 

[指揮]井上道義

[バス]アレクセイ・ティホミーロフ*

[男声合唱]オルフェイ・ドレンガル男声合唱団*

 

ヨハン・シュトラウスⅡ世/ポルカ「クラップフェンの森で」

ショスタコーヴィチ/舞台管弦楽のための組曲第1番(行進曲、リリック・ワルツ、小さなポルカ、ワルツ第2番)

ショスタコーヴィチ/交響曲第13番 変ロ短調「バビ・ヤール」*

 

まず年表的な事柄をまとめておくと、ウクライナ・キーウ郊外の渓谷バビ・ヤールで悲劇が起こったのが1941年、この事件を基にしたエフトゥシェンコの詩「バビ・ヤール」が発表されたのが1961年、この詩に触発されたショスタコーヴィチがこれを歌詞に織り込んだ交響曲第13番を作曲したのが1962年のこと。

 

元々2020年12月のN響定期で演奏されるはずだったこのプログラムがコロナ禍の影響で延期され、その後2022年2月にロシアのウクライナ侵攻、さらに2023年10月にはイスラエルのガザ侵攻が始まり、今「バビ・ヤール」を演奏することが一気にアクチュアルな意味を帯びることに。そして結果的にこの曲が、2024年末での指揮者引退を表明している井上道義のN響定期での最後の演目になった。

 

ちなみに私が初めて実演でこの曲を聴いたのは、2019年10月のテミルカーノフ&読響による演奏。コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻以降、消息が聞こえていなかったテミルカーノフの訃報があったのが2023年11月。テミルカーノフを聴いた最後の演目がこの曲になった。

 

初めて聴いたその時の印象では、この破格の内容を全5楽章に落とし込んだシンフォニックな体裁に感心したものだが、井上&N響によるこの日の演奏には淡々とした行間があり、むしろオラトリオ的というか叙事詩的。重厚にして明瞭なティホミーロフの独唱が素晴らしく、背筋が凍るような第4楽章のオルフェイ・ドレンガルの弱音表現も見事。スケルツォのノリとキレ、最終楽章のピチカート合奏の寛いだ気分などはいかにも井上氏らしい。

 

後半のショスタコ的混沌から、遊戯性と軽音楽性を抽出したような前半も「らしい」選曲。1曲目のポルカにはカッコウの笛や鳥笛が、2曲目の組曲にはサックスやギター、アコーディオンが登場する。哀愁と含羞の「ワルツ第2番」ほどこの指揮者に似合う曲は無く、引退後に思い出すのはこんな曲を振る姿かも。