583系のラストランが全国紙に報じられている。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170408-00000067-asahi-soci
"東北と首都圏を結んできた特急型寝台電車「583系」"
"ラストランの舞台は、奥羽線秋田―弘前間"
583系といえば、やはり往年の「はつかり」抜きには語れないだろう。
奥羽本線でのラストランというのも寂しい感をぬぐえない。
当時も昼夜兼行での電車寝台運用として、「ゆうづる」「はくつる」があったが、いずれも仙台以北は東北本線経由。奥羽本線は電化がおそかったこともあり、583系での定期優等列車は82年盛岡発の新幹線接続の「はつかり」が一往復のみ青森から弘前まで延長されたのが初めてのようだ。その後、国鉄分割民営化後の90年代に急行「津軽」での運用が行われている。
また、2002年の東北新幹線の八戸開業後は、秋田、仙台へ配転され、臨時列車や団体列車での運用が多かったこともあり、晩年はすっかりこの区間でのなじみが深くなったようだ。
583系は67年にデビューした「月光型」581系を交流50/60Hzの3電源対応用に発展させたもの。
68年10月のダイヤ改正(盛岡以北電化)にともなって、それまでキハ81系での運用だった「はつかり」を常磐線経由から東北本線経由として、上野発10:15の「はつかり1号」(2021M)、15:40発の「はつかり2号」(1M)の2往復体制となった。
(上りは青森4:55発2M、12:25発2022M)
当時の編成は、サロ・サシ各1両を含む堂々たる13両編成で、夜間の寝台セットが進行方向に沿った形式(プルマン式解放寝台)だったため、当時の特急列車としては珍しい、昔ながらのボックスシート配列ながらも広く開放的で豪華な感じが斬新だった。
最もその後、個人主義(プライバシー確保)や、リクライニング機構の普及に後れを取ったことでハンデとなった面もある。
(西那須野付近での下りはつかり1号。13連の堂々たる編成が美しい。
列車名だけのあんどんも懐かしい)
「はつかり」はその後、485系まで動員し、多客期の臨時列車はもとより、最大定期6往復、エル特急にまで拡大されたが、82年の東北新幹線盛岡開通後は青森までの連絡特急となり、また88年の青函トンネル開通後は函館まで足をのばすなど、数奇な運命をたどっている。
