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 日中も陽の光の入らない仕事部屋で、私は原稿用紙の文章をパソコンのワードファイルに打ち込んでいた。この作業にも慣れたとはいえ、やはり長時間続けるのは疲れるものだ。目と肩が重く痛む。そう言えば、今日は夫と娘を送り出してからずっとこの部屋に籠り、キーボードを叩き続けている。昼食もとっていない。

「不健康だな、私……」

 それも仕方がない。締切りが近いのだから。原稿用紙に物語を執筆する行為は長時間続けてもまったく苦にならないが、それをパソコンに打ち込む作業は正直辛い。だがこれも、私の作品が世に出ることを待ってくれている人がいると思うと乗り切ることができる。私はそれほど有名な作家ではないが、それでも出版社にファンレターが届くことがある。

「あなたの本を読んで生きるのが少し楽になった」

「深刻になっていた自分を客観視するきっかけになった」

「おもしろかった。次の作品も楽しみにしている」

 こういった感想を頂けるのは涙が出るほど嬉しいものだ。社会に出ることをあれほど怖れていた自分が、心から望むことを仕事にし、微力ながら人の役に立つことができているのだ。これを幸福と呼ばずして何と呼ぶ。

疲れた目を擦りながら壁の時計を見ると、もう六時前だった。そろそろ葵が帰ってくる時間だ。どんな顔で帰ってくるだろう。きっと晴れやかな笑顔で帰ってくるはずだ。やっと自分に合わない環境から抜け出すことができたのだから。

 葵が苦難の就職活動に顔を歪めていたときから、私は不安で堪らなかった。毎日擦り切れ疲れ果て、笑顔がなくなっていく娘の姿を見て、就職活動など止めさせようかと何度思ったことか。葵の人生だからあまり深く介入するのは彼女のためにならないと、結局は思い留まったが、望むことを視界から消し去り、無職への恐れから自分に鞭を打つ我が子の姿は見るに忍びなかった。

私はよく知っている。葵は幼い頃から絵を描くことが好きだった。幼稚園の頃、誕生日にクレヨンと画用紙を買い与えたことがあった。葵は大喜びし、それから毎日何時間も絵を描くようになった。大人の私が驚いてしまうほどの集中力だった。夫や私の似顔絵、昆虫、動物、風景……。様々なものを描いていた。画用紙はすぐになくなり、もっと買ってくれと頻繁にせがまれた。彼女の絵は色彩豊かで繊細な優しさに満ちており、見る者の心を温かくした。そんな娘の絵が私は大好きだった。幼い葵はよく描いた絵を私にプレゼントしてくれたものだ。貰った絵はすべてクリアファイルに入れ、この仕事部屋の机の引き出しの中に大切に保管している。執筆に行き詰まり、狂おしいまでの不安と深刻さがいつの間にか心に潜り込んできたとき、私は絵を取り出して眺めるようにしている。ゆっくりと時間をかけて全体を見、次に細部を目に焼き付け、もう一度全体を眺めるのだ。そうすると不思議なもので、不安や深刻さといった雑念と心の間に溝ができるのを感じる。心から雑念がするすると追い出され、彼女の絵が発する、温かで柔らかいエネルギーと静けさに満たされていき、牢獄を抜け出したばかりの頃の気持ちに戻ることができるのだ。技術的に見ると拙いものだろうが、葵の絵はそんな力を持っている。

人が心の底から望んで行うことには、そういう不思議な、他者の心を動かす大きな力が宿ると私は確信している。だから娘には心から望むことを仕事に選んで欲しかった。例え仕事にできなくても、したいことを生活から一切消し去ることのないような生き方をして欲しかった。葵が今の会社から内定を貰ったと報告したとき、素直に喜ぶことができなかった。やりたいことは本当にその仕事なのか疑問だったからだ。二十年余り生活を共にしてきたが、食品を扱う仕事に興味があるようには見えず、自殺を図った私と同じく、本来の人生から逸れた道へと足を踏み入れてしまったように思えた。このままでは葵に良くないことが起こるのではと気が気ではなかった。

案の定、葵を待ち受けていたのは地獄のような苦しみだった。正当な厳しさではなく、不当な暴力による、命を磨り減らす冷酷な痛みだった。仕事を始めてから彼女はぷっつりと絵を描かなくなった。休日に好きな絵を描く気力も体力もないほどに疲弊し切っていた。そんな彼女は、幼い頃母に「小説を書くなどくだらない」と言われて書くことを止めてしまった私自身と重なって見え、心が焼けるように痛んだ。そんなときあの牢獄が夢となり、毎晩のように私を襲うようになった。そしてあの手記を書くに至り、葵がそれを読んだ。私の話を聴き入れ、苦しみを手放す決心をした。

葵があの手記を読むまでは、自殺という誤った道を進んだため、牢獄での無意味な労働という重苦が私の目の前に立ち塞がったのだとしか考えられなかった。それは確かにあの牢獄が私の世界に展開された理由の一つだが、一番重要な理由ではなかった。娘に苦しみの意味を教え、苦境から救い出すこと。それがあの牢獄に与えられた最も大きな意味だったのだ。まさか三十年もの時を経てそれが分かることになろうとは、夢にも思わなかった。

「うまくできてるなあ、人生って」

 驚嘆せずにはいられない。もし今もあの牢獄に身を置き続けていたら、苦痛に耐え続けることを選んでいたら、あの場所での出来事は意味を成さなかった。娘を助けることはできなかった。そもそも娘が生まれることすらなかったのだから。齢五十を数えた今でも、まったく人生には驚かされる。

 葵が味わった苦しみがそのすべての意味を持つのはいつになるだろう。そしてそれらはどんな意味なのだろう。彼女がその全貌を知る頃には、私はこの世にいないかもしれない。だが、どれほど時間が経ってからでも、きっと彼女の人生を決定付けるほど重要な意味を持つはずだ。彼女の描く絵に必要不可欠な色になるはずだ。

 階下から開錠の音が聞こえた。重圧から解き放たれた軽快な足音が廊下を鳴らす。

「ただいま」

 大学生の頃のような明るさに満ち、澄み切った声。この声だ。この声が聞けるときを待ちわびていた。私はパソコンの電源を落として部屋から出ると、本来の姿に戻った娘を出迎えた。

「おかえり」