今日は母の日だった。

あまりにもお金がない僕は花さえ買えず、ありがとうと肉体労働で返すことにした。

来年こそは旅行でもプレゼントしたい。これまでの分もありったけ詰めて。

今日は退勤の車中、大学時代にサークル内のコピーバンドで演奏していた曲を聴いていた。

卒業して愛知を離れてからその曲たちを聴いてると、『本当に信頼出来るヤツらに囲まれてたのは幸せだったなあ』とか、当たり前のことを今更のように考えてしまう自分がいた。

その反面、僕にとってのそのサークルは、仲間というのは自分で作るものであることを学んだ大切な集団だった。

自分で自分を磨くことは出来ない。しかし、人を磨けば自分に必ず返ってくる。良きにつけ悪しきにつけ。

大体は『アイツは俺にあんなこと言ってたくせに自分じゃ全然出来てないじゃないか』とか言われて『なにくそ!』と頑張ることで、行動に裏付けされた信頼とか絆が仲間内に育つものである。仲間というものは、ある程度お互いにシビアであるのが僕の理想だ。

しかし頭ではわかっていても、なかなか厳しくなれないのが日本人。カラオケと陰口が日本の文化である。

僕も胴長短足イエスマンの典型的日本人だからか、なかなか他人に厳しくできなかった。

そんな僕に、叱り方を身に付けさせてくれた場所が日本福祉大学である。しかしながら土下座をすれば単位が入手出来るという根拠のない自信を持った劣等生であったので、人として学んだことはプラスマイナスゼロというのが学生生活の妥当な評価である。

そんな腐れ大学生に四年間サークルをやらせてくれた両親には感謝してもしきれない。来年こそは必ず旅行に連れて行く。

そのスキャンダラス且つ貴重な4年間の内3年間ものあいだ僕を育ててくれた先輩カップルが遂に結婚する。

本当におめでとうございます。
おじいさんは辟易するほど耳が遠い。

デーゲームの巨人戦を見ている時のヘッドホンからは、巨人軍の4‐6‐3で成立させたダブルプレーを賞賛する実況と解説の一字一句が聞き取れるほどだ。

そんなおじいさんは、最近別フロアのおばあさんの隣に座りに来る。

2人は夫婦ではないが、偶然にも2人のニーズは一致している。彼らはお互いに“ニッコリ目を見て”話を聞いてくれる人間を必要としている。

2人で何を話しているかというと、おじいさんとおばあさんがそれぞれ一方的に喋り、お互い笑い合うことを繰り返してるだけで、建設的なやりとりがなされている文脈を未だに聴いたことがない。

「よお元気か?」

「あんた50才かね?」

「おぉ?はあそおかえ!ハッハッハ!」

といった支離滅裂な会話が延々と続く。

ここ2、3日の僕らは、それをBGMに排泄介助を行っているのだ。よくホームセンターなんかで流れている、主旋律をハーモニカで演奏した流行りの歌と同じく、そんなに熱心に耳を傾ける必要はない。

ただ、そんなに耳を傾けられない音楽にも間違いなくプロの技が隠し味として使われており、それを生業として生計を立てている人間がいる。明日生きて行くためにも、彼らは真剣にBGMを奏でるのだ。

おじいさんとおばあさんも、僕らのBGMをかき鳴らしている(世の中には騒々しいBGMというものが往々にして溢れている)。

『今日も笑って生きられるように』と、そのためだけにおじいさんは隣室へと足を伸ばすのだ。

僕らの会話も、見知らぬ人にとってはBGMである。

うるさいこともあるだろう。吹き出したいこともあるだろう。

しかしBGM(とりとめのない会話)を発することは生きていく上で大切な排泄行為であり、物理的な害を及ぼさない限りは何人たりともその営みを停止させるべきではない。

僕らは、今この瞬間も誰かにとってのBGMになっている。
今日は親父からCDを借りた。


最初はG3ライブのエリックジョンソンが入ってるやつとサイモン&ガーファンクルのみを借りる予定だったのに、いつの間にかマンハッタンジャズクインテットやシカゴなど10枚ほどを持たされていた。


昔から言ってきたけれども、僕の音楽の趣味はかなり親父から影響を受けている。


僕はギター、親父はドラムをそれぞれ弾いたり叩いたりするのだが、弾くことより聴くことの方を楽しんでしまうところまで似ている。


今日はすこぶるご機嫌だった。


最近なかなか休みがかぶらないが、今度かぶった時にはCDの品定めでもしようと思う。


とりあえず今からパソコンに取り込み、


そしてはるきちに『全然キャッチーじゃない!』と酷評されたノブリルベストをパワーアップさせるのだ。


明日はキャッチーに出勤してみせる。
先ほどの日記での答えは、まだ見つけちゃいけないのだと思う。

でも、『長年連れそった夫婦の偉大さ』が、そこにはあるのではないだろうか。

僕が思うに、Mさんが『どっかやって』欲しかったのは、実は目の前の『おっとうさん』ではなかろうか。

普段からMさんはすぐ怒鳴ったりする。

しかしそれは他人からなんらかの悪意を感じたり、ないがしろにされていると感じた時だけ発生する感情表現にすぎない。

つまり、Mさんは認知症と言えども他人から自分に向けられている『感情』に対して非常に敏感であるということだ。

幾ら認知症と言えど、全てをリセットしているわけではない。

転倒したら足を骨折するように、悪意を感じたら心に傷がつくのだ。

認知症患者にしてみれば、『何があったかわからないけどやるせない』『なんでかわからないけど心が痛くてイライラする。どうすればこのイライラはなくなるのだろう?』と、『感情の記憶』だけが残り続ける。

イライラは、体内で生成されるホルモンの中で、ストレス物質と呼ばれるものの蓄積だからだ。

脳内の微弱な電気信号は消えるが、ホルモンは体内に残留する。

その蓄積によって認知症患者は、今、自分が置かれている場所で自分は歓迎されているか否かを感じとる。

残念ながら、Mさんは一部の利用者に歓迎されているとは言い難い。

だからMさんは、そんな環境にいる自分というものを、違う場所で親しかった人間には見られたくないのではないだろうか。

『こっちでも元気でやってるよ』と、おっとうさんを安心させたいのではあるまいか。

おっとうさんが好きなあまり、遠ざけてしまうMさん。

そんなMさんを見守るおじいさん。

それに思いあたった時、僕は心の中で頭を垂れた。

「ばあさんに会ってくる」


こう言い出したおじいさんに付き添って僕は2階の入所者たちが寝泊りするフロアへのボタンを押した。


おじいさんは肺が弱いようで、小型の酸素ボンベをシルバーカーに乗せておばあさんの元へ向かう。


その斜め後方を付き添いながら、「Mさんのいう『おっとうさん』てこの人のことかぁ」と、目の前を行くおじいさんをしげしげと眺めていた。


Mさん、つまりおじいさんのいう『ばあさん』なる人物は、だれかれかまわず「おばさん」だとか「おっとうさん」と呼ぶなかなかの認知症をもった車椅子のおばあさんのことである。


僕自身、何度も「おばさん」や「おっとうさん」になってきた。


さて、肝心の「おっとうさん」が眼前に現れても、Mさんは「おっとうさん」の話をする。


さも見知らぬ人に対して、夫との苦難に満ちた思い出話をきかせるように。


おじいさんの方はといえばもう慣れたようににこにこしながら「ばあさん」を見つめている。


Mさんは話す。「見知らぬひと」に夫との思い出を。


おじいさんは相槌を打つ。認知症の妻による妻の中の自分への独白に。


しかしMさんは時折、二人の間にいる僕になにやらささやいてくる。


僕にはそれが気になった。


普段通りの大声ではなしている間隙に、明らかに僕だけに発しているサイン。


それを聴き取るのには、少々の集中力と時間が必要だった。



 Mさんは控えめに見てもかなり口数が多い。


そのうえその発言の文脈にはなんの意味も見出せない。少なくとも表面上は。


だから同じフロアの利用者さんにかなり煙たがられている。


この日も、おじいさんのあたたかい人柄のおかげで作られている親密な空気に、「おっとうさんは目の前にいるじゃないか」とか、「はいはいそうですか!」と水を差す言葉が同じフロアの利用者さんから差し向けられていた。


しかしそれでもおじいさんはすべてを受け入れて微笑んでいる。


 そんな老夫婦の隣で、僕はようやくMさんのメッセージを聴き取る。


「どっかやって・・・」


・・・なぜ僕にそのメッセージを託したのだろうか?そもそも「どっかやる」対象は誰なのか?


水を差してくる利用者のおばあさんか?それとも・・・夫であるおじいさんなのだろうか?


僕はひどく混乱した。普段は意味をもたないMさんの言葉なのに、これまでで一番明確なメッセージがある。


認知症を患い、ただ大声で何事かしゃべるだけのMさんが、この一瞬だけはまるで認知症の呪縛がとけたように、小声で、明らかに僕に、メッセージを発したのだ。


驚いた僕は「何を?」と聴き返すことしかできなかった。


 ひとしきり時間がたち、僕とおじいさんは席を立った。


Mさんは「ありがとう」とだけ言った。

昨日は帰宅と共に12時間は眠り込みました。


入浴介助は体育ですね。


そうして今日も入浴介助。


しかし同期(2ヶ月だけ先輩)に色々な情報をききながら対処できたので、昨日よりは自信を持って介助できました。


お互い切磋琢磨したいものです。


退勤後はそいつと少し飯食べてから、小、中学校時代の同級生数人が集まるバーベキューに呼ばれて急遽参加。


凄く懐かしい気持ちになりました。


みんななんだかんだ大人になってくんだなあとか、


全然変わってないなあとか。


やっぱり地元はくつろぎますね。


さて、明日も仕事頑張ります。
今日の勤務終了後にシフトを確認したところ、意外と仕事が入ってました。


周りの職員の方々がお茶摘みによる有給を行使せざるを得ないため、僕にとっては稼ぎ時なわけです。


仕事の合間に実家の茶摘みを手伝えるかどうか厳しい状況になってきました。


副業でアルバイトをしようとしたのですが、週休1日制が回避出来ず、今月は見送りです。


しかし来月は田植え以外の大仕事はないために、比較的自由に休めそうです。


酒が飲めないのはなかなか辛い。


3ヶ月後の精密検査が終わったらささやかな祝杯をあげようと思います。


ハイボール、飲みに行きませんか?
今日は仕事後にバンド仲間と飯食べに行ってました。


話すこと話してセッション。


初めてES-335弾かせてもらいました。


ずっと憧れのギターだったのですが、


今のjr.の方が僕の好みです。


早くアンプで鳴らせてあげたいものです。


そして、静岡でやりたいことが見えてきました。


そのためにはまず貯金だ!という結論に至り、


『次回からすき家以上のところでは絶対外食などするものか!』


と強く誓いました。


そして明日は5時起床。


弁当作りが面倒臭いです。


ということで一足先におやすみなさい。
ノブリル日記-SA3E0014.jpg


以前書いたSLの写真撮ってきました。


職場の帰りに寄り道してきました。


明日からまたしっかり働きます。


眠い…!


パソコンでまとまった日記をこれから書くようにしたいです。
今日は地元の友人ダイチとセッションの末にノンアルコールのマイナーカラオケにて幕を閉じました。


島田市のカラオケでIdeoteque唄ったのは多分僕が初めてです。


サイモン&ガーファンクルはやはり良いですね。


そして昔のバンド仲間、イシダとバンドについて話してました。


名古屋で学ばせて頂いたことをまた更に発展させて行きたいです。


マイケルもヤスもはるきちもドランキーもいないけど、なんだかんだまたやるべきだと思えたいい夜でした。


まずは先立つものを貯蓄すべく仕事頑張ります。


飢え死にしない実家万歳!