私は無意識に、「困り事」というワードを使っているらしい。

ここ最近こんな書き出しばかりだが、日記だからしょうがない。

いや、日記故の使命、宿命の類だと思う。


それはさておき、上司が口癖を指摘してくれるおかげで今日も気づけた。


「困り事っていうのやめようか」と、端的に伝えてくれたのだが、考えてみると確かに合理的ではない。


初めてお会いする方に、「困り事」について伺うと、そればかりに囚われてしまい、その人が持っているストレングス(強み)の評価が疎かになる。


ストレングスを活かせなければ、単なる困りごと解消のご用聞きになってしまい、自立支援に繋がらない危険性もある。


ただでさえ視野が狭い私の視野が、更に狭くならないようにするためのメッセージだと思った。


私は言霊を信じているので、この類の口癖から引き寄せられるものがあると思う。


しかしながら私の貧弱な頭脳では、毎度正しく引き寄せる言葉を使えていない。


対策としては、定型文を叩き込むというのもひとつかもしれないと思っている。


例えば先日の日記でも書いた、「〜なので、〜する必要があると思います」とか、「〜さんの〜の件で相談です」など、定型文をスムーズに喋れるようになりたい。


今日の「困りごと」の代わりは、「聞き取り」と言い換えてフラットに捉えようとする姿勢を言葉にすべきかと思う。


定型文を口にする練習は、人には見られたくないがなかなか充実感がある。


やはり神経回路を実際に繋げようと身体を動かす行為は、一種の心地よさを感じさせる。


ギターの練習も、右肘が回復してきたので、左手の小指のハンマリング練習が楽しかった。


20代でやりこぼしたことを、なあなあにしてきたツケを払う形になってしまっているが、やっと向き合える状態になってきたのかもしれない。


30代と全く同じ生き方を40代でもそのまま続けるのは、おそらく身体がついていかない予感がしていた。

頭の方が早く限界を迎えてしまったが。


ギターコードの練習のように、再び練習していこう。