今日はひたすら書類とにらめっこしていた一日でした。


ふっとフロアを通りがかった時に利用者さんが元気でいてくださるのでそれが本当にありがたいです。


はるきちが「この人の笑顔だけで一日頑張れるわ~って利用者さんが3人いる」と言っていたけども、僕にもそんな人間がいます。


三好春樹先生が「人間には相性がある。利用者さんと職員の間にもまた相性がある」とおっしゃっていました。


だから色んな人間が存在するのでしょう。それぞれ足りないものを抱えながら。


しかし、簡単に相性だからと諦めてしまうことはとてももったいないことです。


そして、本当の相性とは好きになる努力を極限まで試みた上に証明できることだと思っています。


ぼくはそのことを音楽で学びました。


作曲がしたくて手当たり次第に見つけたジャンルのCDを節操なく聴いていた高校時代。手当たり次第に聴いてると、全然良さがわからない音楽に出くわすじゃないですか。


でもそのアルバムのライナーノーツに「世紀の名盤だ」みたいなことを書かれてるとその良さがわからない自分が悔しくなるわけです。自分にはセンスがないのかと。


そして色んな情報を集めて(~の曲の誰それのソロがハイライト、だとか)その音楽をいいと感じられるはずの聴き方を参考にして聴いてみると全然違って聴こえてきたり。


一番多いのが、色々な経験を積んで数年後に当時あまりはまらなかったアルバムを聴くと「なんでこの良さがわからなかったんだ!」と穴にでも入り込みたい気分になります。


つまり、自分自身が変化してくると当然感じ方も変わってくるわけで。


当時嫌いだった人も、自分自身がいろいろ経験してモノの見方が変わってきたら以前ほど嫌いじゃなくなってることもあるじゃないですか。


人を好きになるためにじゃなくて、自分を成長させようとしてたらいつの間にか人を好きになる。といった感じですかね。


色々思うとこあり精進していたら嫌いな人がいなくなっていました。


しかしそれでも苦手な人は残ります。本当の意味で相性が合わないかどうかそこでようやくわかりますが、たぶん僕の場合は死ぬまでそれは判断できない。


なぜなら生きてるうちは僕自身がいろいろ変化するでしょうから。


ただ今は好きな人たちに支えられていることに感謝したいです。