十一月に入った。クリスマス休暇までにはまだほど遠く、どの学生も本腰を入れて勉強する季節となった。陽子の友だちも、さすがにパーティやダンスは一時おあずけで、勉強モード。食堂で集まる以外は、図書館や自室に籠ることが多くなった。

 

 陽子は食堂のメニューに、繰り返しが多いことに、さすがに少し飽きてきたが、あのお気に入りのデザートについては、まったく問題ない。毎日欠かさず食べている。それも、スポンジやパイよりも、上にかかっているカスタードソースのほうがたまらないのだ。

 カスタードという名前から、日本でもおなじみのカスタードプリンの生地を薄めて、ソース状にしたものではないかと、陽子は想像している。鮮やかな黄色で、プリンや茶わん蒸しよりも大分薄まった液体状のソースは、やわらかな舌ざわりで、ほんのり甘く、口当たりがよいから、いくらでも食べられる。この頃は寒さが厳しくなってきたので、いよいよあつあつのカスタードソースがおいしく感じられる。

 

 死にものぐるいで勉強を続けて、はや十二月に入った。ある日、大学主催の「クリスマス・ボールへの招待状」が、陽子にも届いた。ボールとは舞踏会のことで、盛大な行事らしく、みんな楽しみにしているそうだ。しかし、陽子は締め切り間近のレポートがまだいくつもあり、ためらっていると、ジェーンに、

「あらヨーコ、めったにない機会よ。みんな思いっきりおしゃれをして行くの。いい経験だし、すごく楽しいから、絶対行きましょ!」と強く誘われた。

「おしゃれをして? でも、招待状には、『ドレスコードはインフォーマル』って書いてあるから... カジュアルでいいんじゃない?」

「ヨーコ、それはダメ。大学で『フォーマル』は、学問的な正装、つまり式典用のあの黒のアカデミック・ガウンのことなの。反対の『インフォーマル』は、「黒いガウンではない」というだけの意味。ボールには学長先生ご夫妻も、世間一般でいう正装でいらっしゃるから、学生たちもとびきりおしゃれの正装で行くの」

 

 これを聞いて、陽子は急に行ってみたくなった。実を言えば、パーティなど楽しいことが大好きだ。こんなすばらしい機会を逃すわけにはいかない。

「それなら、わたしも行きたいわ。でも、とびきりおしゃれって…、何を着ていこうかしら…、長い丈なら、正装になるかしら?」

「ええ、それなら大丈夫。長いに越したことはないわ。足首まであれば、最高ね」

 

 こんなこともあろうかと、陽子はちょっと改まった時に着られそうな、真紅の絹のロングスカートとドレッシーなフリルつきの白い絹のブラウスを日本から用意してきていた。レポートを早く仕上げて、あれを着てボールへ参加すれば、劣等感ばかりを感じて、落ち込むことの多かったこの三か月の惨めな気分を、一気に吹き飛ばし、来年一月からの新学期を、新たな勇気をもって始められる。

 そう思ったら、じっとしていられなくなり、スーツケースの底からあのロングスカートを取り出して、すぐにはいてみた。

「しまった!」 日本で購入した時は、ゆるめだったウェストがきつい。いや、きつくてたまらない。

フックをどうにか留めたものの、パンパンでどうしようもない。

 

 理由は明らかだった。食べ物がおいしいのをよいことに、つらいことやストレスを、食べることで紛らわしてきたつけが回ってきたのだ。朝はベーコンエッグにバターつきパン、お昼は肉か魚料理にフライポテトをたっぷり、それにこのところ寒くなってきたので、こってりしたシチュー、そしてあつあつのカスタードソース。これで日々感じさせられるくやしさ、悲しさは短時間ではあるが、やわらいだ。お腹いっぱい食べるわりには、机にくぎ付けで、体はたいして動かさない。考えてみれば、学生寮の部屋、歩いて三分の大学内の教室、図書館、そして食堂を行ったり来たりするだけの毎日だった。