「え、付添い? 私に?」
「はい、石井先生に、お願いしたいんです」
六月下旬の午後の職員室、お昼休みもあと五分で終わりという頃、高校の生徒三人が石井葉子(いしいようこ)を訪ねてきた。
「でも、どうして?」ときいたとたん、しまった, と葉子は思う。この三人、いったいだれだっけ? 付添いと言ったから、もしかすると、同好会の…。悪い予感がした。
職員室の中である。ずらりと並んだ机の列の真ん中あたりに席がある葉子が、すわったまま体をよじって振り返り、三人の生徒が取り囲んでいる。葉子の驚いた様子にちょっととまどった生徒が、気を取り直して、元気よく言う。
「だって、先生、山登り同好会の顧問ですよね」
やっぱり、そうだった、と葉子は内心ため息をついた。
社会人一年目の葉子が、私立の中高一貫女子校に就職して、三か月。大学時代に卒業後の進路を考えた時、もう少し勉強したいと、ほんの一時期思ったものの、たいした覚悟もなかったので、やはりまずは就職してみよう、となった。ただ、会社に入って、英語に関係のないことをするより、教職につけば、好きな英語を教えられる。おまけに、会社より残業が少なそうで、夏休みも長い。これだ、これでよいと思い、すぐさま決断した。
今、選択を間違ったとは思わない。教員生活は苦労もあるが、好奇心旺盛で、吸収力あふれる生徒たちに英語を教えるのは、たいていの場合、楽しい。 同時に、教えるからには責任が伴うから、自分も熱心に準備をする。
就職してわかったこと: 学校とは、生徒と先生という、歳の離れた集団から成る、おかしな場所。生徒とは、まあやっていけそうだが、後者はなかなか手ごわい。
職員室には、自分の教科について一家言ありそうな先生は多いが、人として魅力があるとは言えず、視野も狭いようにみえる。このことは着任早々気づいた。私立校だから転勤は全くなく、古参ばかりで、圧倒的に中高年のおば様が多く、学園の経営者である校長先生は、女子校だからなのか、若い男性は極力採用しない。
先生たち、特におば様たちは、表面的には仲がよいようでも、人間関係はなかなか複雑で、安易な気持ちで仲間に入るのは避けたほうがよい。ある日、葉子がお茶を飲もうと、職員室の片隅にある小さな台所に入っていくと、おば様たちがどら焼きひとつを八等分に切り分けたところで、石井先生もいかが、と誘われた。自分はもともとこのグループメンバーではないし、ひどく小さい一切れなど、食べないほうがよいので、やんわり断った。一週間ほど前に、特に気難しいので有名な武田先生が、誰かのお土産のお茶菓子に誘われなかったと、ヒステリーをおこしていたっけ。こういう仲間に入れてもらっても…。関わりを持たないほうが安全だ。
おば様先生たちの中には、数十年間全く口をきかないねじれた関係の人たちもいる。同じ社会科なのに、テストの打ち合わせの時も教科の会合でも、面と向かっては絶対話さないので、まわりの先生が大変だと、葉子と一緒に新卒で就職した木内先生が言っていた。仲良しグループもいくつもあり、某国立女子大の同窓生の会は、月一回定例会までしている。校長先生の母上である理事長先生と校長先生の奥様もこの大学の出身で、女性教諭のかなりの人がこの同窓会に属している。
仲がよいのはよいことかもしれないが、この職員室には、仲がよすぎて、実はとんでもない関係も存在していた。中年男女の不倫カップルが二十年以上続いていると、ある日木内先生がそっと教えてくれた。彼女のような情報通のおかげで、新参者にももれなく、この件が知れ渡っているようだ。職員室内の全員が知っているだけでなく、新参以外はほぼ全員が、この関係を支持している、というから驚きだ。もちろんおば様たちもだ。
葉子はとても信じられなかったが、しばらく、それとなく観察していたところ、真実が見えてきた。この職員室で一番優秀とあがめられている男性数学科中年教師が、クリープを入れたコーヒーを、自ら楽しむだけでなく、時に葉子ら席の近い先生たちにもごちそうする。最初、葉子たち新人はただ喜んでいただいていたが、コーヒーの出所を知って唖然とした。彼は毎回、彼の彼女である、やり手の体育科教諭の机の引き出しからコーヒーとクリープの瓶を取り出し、使った後は、何食わぬ顔でその引き出しへ戻すのだ。そして引き出しの中身は、いつも十分に補充されているのだった。
そもそも、職員室というのがここまで残念なところとは、想像できなかった。視野の狭い、村社会で、教師としてあるまじき関係まで存在している。 どこかすさんだ、淀んだ空気が漂うのも、当たり前だ。その人たちが集まる職員会も、当然のことながら、教育の理想についての議論がなされることなど決してない。 こんな環境に、新人教員が馴染めるわけがない。その結果、若い人だけがころころ入れ替わり、古い人たちが居すわる。たまたま離職しなかった、数少ない、二十代、三十代は、よほど事情があるか、今いる古顔たちの予備軍と思えばよい。
この現実を葉子は理解し、受け入れた。つまり、この職場は、貴重な社会見学の場で、珍しい物が見られるまたとない機会だと。そうすることで、精神の安定は保てている。今のところは…。
まわりの雰囲気に飲まれないようにはできても、自分の身にも、災難とも呼べる理不尽なことが日々起きる。四月早々、最初の試練が来た。葉子は英語教諭としての仕事のほかに、英語を担当する中学二年生の掃除監督も割りふられた。教諭の仕事に掃除監督が含まれるとは、思いもよらなかったし、この学園が創立以来、生徒の清掃活動に異常に熱心なことも、初耳だった。
葉子の掃除監督範囲には、お手洗いも含まれ、はじめは、生徒にお掃除の手順を説明しながら、自ら手本を示した。生徒が慣れてきた頃には、お掃除終了時に、点検をしにいくだけになったが、それで終わりではなかった。
ある日の空き時間のこと。
「石井先生、お手洗い、あれじゃ困りますね。モップが床にちらかって、濡れてるじゃないですか。先生が、モップの柄に錐(きり)で穴をあけるとかしないと…」
掃除作法の大御所とも言うべき、家庭科の主任、大沢先生から、いかにも残念なことが起こったかのように、厳しく指摘された時には、耳を疑った。あの太い木製の柄に穴をあけるですって? 錐で穴をあけたことなどないし、そもそもその錐は、どこにあるのだろう。英語を教えるだけが、先生の仕事だなどとは思っていないが、こんなことまで要求されるなんて、ショック。腹が立つやら、あきれるやら。その場では、はい、とだけやっと言った。
その後、どうしよう、なんとかするしかない、と考えているうちに、ビニール紐を柄にぐるぐる巻きつけることを思いついた。さっそく現場へ行き、モップの柄に紐を巻きつけてしばり、フックに掛けて、すべてのモップを床から離して、きれいに整列するよう並べた。やれやれ。作業に夢中で、時間が経つのに気づかなった。終業のベルが鳴り、生徒たちがお手洗いに押しかけ、「あら先生、何してるの? そんなこともするの?」などと大騒ぎした。その後大沢先生は何も言ってこなかった。
これで学んだこと。理不尽なことを言われても、気に病んだり、落ち込むようなことはせず、あくまでもたんたんと受け流すしかない。つまらないことに心を騒がせなければ、腹も立たない。
それより、もうすぐ夏休み、と思うと嬉しくなる。今日のようなうっとうしい梅雨の日でも、ゆううつになるどころか、校門わきの紫陽花の青色に心が洗われる。おまけに、来週は初ボーナスだ。
しかし、たった今、問題は思わぬところから、やってきた。四月の初め、まだ右も左もわからない頃、ごま塩頭の教頭先生が(今思えば)作り笑いを浮かべて、近づいてきた。
「先日職員会で申したように、新任の先生方にもクラブ活動や同好会の顧問をお願いしたいのですが、石井先生はどうしましょうか?」ときかれる。葉子と一緒に就職した二人のうち、社会科と世界史担当の木内先生は歴史サークルへ、国語と古典担当の古谷先生は文芸部の顧問に、うまくおさまっていた。
「英語クラブなら…」と答えると、それはベテランの坂上先生が長年御担当とのこと。残っているのは山愛好会だけだった。山登り? まさか。葉子が黙っていると、教頭先生は少し困ったのか、
「これは同好会ですから、部員も少ないんで、生徒が勝手、いや、えへん、自主的に活動してますから、先生はたまに様子を見てくださればいいのですよ」だそうなので、葉子はそれならばと、軽い気持ちで引き受けた。
ほどなく、部員全員の生徒五名がそろって挨拶に来たが、その後音沙汰はなく、同好会のことはすっかり忘れていた。
それが、七月二十七日から三日間、奥秩父の雲取山・飛龍山縦走登山に同行してほしいというのだ。標高2000メートル以上の山と聞き、ただ驚く。コースタイムとやらも見せられたが、一日中、夜明けから夕方まで歩いてばかりで、山荘に二泊もする。
「こんなすごい山登り、とても無理だわ」
「先生、大丈夫ですよ。去年の夏よりずっと楽なコースですから」
にこにこして楽しそうに話す先頭の生徒が、高二の部長だったと葉子は思い出したが、名前がわからない。今さら聞くに聞けない。名前を覚えるのが、教師にとって特に大切だと、この頃身にしみてわかってきているが、今はどうしようもない。ただし、目下のところは、「部長」と呼べばすむことに気づいて、ほっとする。
部長は頑丈で、貫禄もあり、登山にはうってつけに見える。その彼女が今度は真剣な面持ちで、
「先生、お願いします」と訴える。
「そんなこと言われても…。こんな高い山にあなた方と私で?」
「いえ、早馬(そうま)先生がリーダーで行ってくださいます」
早馬先生とは、一年先輩の、体育科の男性教諭のことだ。
「あ、それなら、付添いは早馬先生でいいでしょ?」いいことを思いついたとばかり、葉子は急いで言った。
「それが…、女の先生も一緒じゃないと、学校から承認がいただけないんです」と、部長が言ったとたん、五時限目の予鈴が鳴り、生徒たちをそのまま教室へ帰した。
葉子は、部長が置いていった紙を見る。ルーズリーフ一枚に丸文字で、「雲取山・飛龍山縦走登山計画」と書かれ、さっきは気づかなかったが、最終行に、「付添い、早馬先生、石井先生」とある。えっ? まだ決まってもいないのに…。フライングもいいところだ。
早馬先生は、体育教諭だから、運動が専門。登山もお手の物だろう。彼一人で付添えばよい。とは言え、女性教員の同行が必要というのも、わからないことはない。早馬氏が万が一にも変な気を起こすことはないにしても、大切な子女をお預かりしている女子校が、女性教員の監督者をつけないで、宿泊を含む部活動を認めるのは、御父母に示しがつかない。となると、顧問である葉子が「私は行けません」と断れるだろうか。学校側から、何らかの圧力がかかるかもしれないことに、初めて気がついた。
行けるものなら、生徒のためにも葉子が行けばよい、とは思った。とはいえ、雲取山はどう考えても大変すぎる。登山には相当の体力が必要で、日帰りでも大きな負担なのに、二泊三日とは…。
葉子は体育はあまり好きでなかったし、体力も自慢できない。山登りは遠足で高尾山などへ行ったことはあるが、あとは車やロープウェイの力を借りて、少しハイキングする程度。家族や友人たちとなら楽しくても、それはそれ。今の状況とはまったく違う。
今求められているのは、仕事として、山同好会の顧問として、夏の登山の付添いをすることだ。葉子に登山の経験があろうがなかろうが、教員の立場として責任をもって、生徒たちを守り、安全な旅を成功させなくてはならない。まさか葉子だけが失速して、他の参加者の足手まといになることなど、許されない。この話はすぐ断るしかない。
翌日の昼休みに、昨日の三人がまた訪ねてきた。
「先生、いいでしょう? 行ってくださいますよね? 先生が来てくださらないと、私たち行かれないんです」
「そうなんだけども、本格登山の経験もないし、とてもできそうにないから、お断りします」
「えーっ」と三人は合唱した。授業中に、明日単語テストをします、などと言おうものなら、生徒たちが一斉に声をそろえて抗議する、あの「えーっ」だ。この声に、職員室内のご近所の先生方がとがめるように葉子を睨んだ。あわてて声を落とすように言うと、大山部長(これは昨日、あのあと調べた)が小声で、
「あの、先生の荷物は全部私たちがしょいますから」とこれこそ名案、というように言う。
そうか、三日間ともなると、大きなリュックを背負って登るのかと、初めて気づく。高一の沢井副部長と剛田書記も同じことを口々に言った。実はこれも昨日知ったことだが、葉子の高一の英文法のクラスにこの二人もいたのだった。いることを知らなかったくらいだから、印象に残っているはずもないが、いずれにせよ、今のこの二人のような生き生きした表情の生徒は、あのクラスで見たことはない。
この三人はやさしい、誠実な生徒で、言った通り荷物を持ってくれるのだろうが、授業料を納めていただいている大切な生徒に強力(ごうりき)まがいのことを頼んでは、御父母の怒りを呼ぶに決まっている。
「それに、もし私たちがダウンしたとしても、早馬先生がいらっしゃいますから」と沢井。
「早馬先生は、いつもですけど、山では特にすごいので」と剛田が目を輝かす。
「すごいって、何が?」と葉子はつい、つられて聞いてしまった。こんなところで深入りせずに、今すぐきっぱり断るのが肝心なのに。
「山登りがです。私たちはふつうに歩いて登っていくのに、早馬先生は体力がありあまってらして、歩くというよりは、山の中をいつも駆け回っているんです。先頭と最後尾の間隔があいたりすると、その間を走って往復して。それがもう楽しそうで。まるで…」
と沢井副部長が言ったところで、大山部長が沢井の脇をどすっと肘で突いた。沢井はあわてて急ブレーキ。かわって葉子が小声でつぶやく。
「チンパ…」さすがにこれはまずいと、葉子も急ブレーキ。全部を言うことはなかったが、後悔先に立たず。生徒たちはどっと笑った。
早馬先生が山の木々の中を走り回る姿は、容易に想像できる。それでなくても、地の色がわからないほど赤黒く日焼けした顔と首、一の字に結んだ薄い唇に、しゃくれた顎。何かにそっくりだと前から漠然と思っていたが、こんな形で判明するとは。
早馬先生と話すことは、ほとんどなく、あったとしても、職員会の時くらいだ。職員会は広々とした家庭科室を会議室として使い、真ん中を広くあけて、机を並べて四角に囲み、着席する。校長先生、校長先生の母上である理事長先生、教頭先生などが上座、次に学年担任が順番に並び、担任のない若手と残りのおば様たちが末席に陣取るが、葉子はそこで隣になった早馬先生と、たいくつしのぎに二言三言言葉をかわすことはあった。
ただ、入職後初めて話した時のことは、よく覚えている。四月に入ってすぐ、葉子は校務分掌で教務部の備品係に命じられ、一年先輩で、前任者の早馬教諭から引継ぎを受けることになった。
その日、彼はどこか先輩風を吹かせ、
「職員用の備品の補充が主な役目でね。ショウダクヒン、特にチョークは要注意」と話しながら、職員室の出入り口へと葉子を案内した。ドア近くの棚に、ふたを除いた箱に、赤白黄色のチョークがずらりと並んでいる。
「なくなりそうになったら、すぐ一階の事務室倉庫から持ってきて、補充しないと。俺は運動場が多いから、大変だったよ。あ、運動場はここから五、六分離れてるの、知ってるよね。俺はほとんどそっちへ行ってるんでね。何しろチョークを切らさないこと。ショウダクヒンに気をつけて」
ショウダクヒン? ちょっと考えて、わかった。どうやら消耗品のことらしい。早馬先生は体育専攻では最難関の国立〇〇大学のご出身とか。同期なのにもうすでにゴシップ通の社会科の木内先生にきいた。たった今、その〇〇大学の美名が彼により穢(けが)され、泣いている。この後も早馬先生は、「ショウダクヒン」を何回か繰り返しながら説明を続け、葉子も二三質問したが、その時「しょうもうひん」とはまさか言えないし、だからと言って、「ショウダクヒン」などとは、もっと言えない。早く引継ぎが終わることばかり考えていた。
さて、生徒たちと一緒に笑ったのがいけなかったのか、大山部長は調子を上げてきた。
「先生、いいことがあります。大変でしたら、コースも変えられます。それに、中学二年のふたりも経験が浅いので、大丈夫です。安心して来てください」
中二の生徒が初心者でも、自分からすすんで山愛好会に入会するくらいだから、葉子とは違う。それを言おうとすると、剛田書記が間髪を容れずに加勢する。なかなかのチームワークだ。
「先生、山はいいですよ。一度行けばわかります。涼しいし、きれいだし」
重量物を背負って、ただひたすら険しい山道を登るのは、苦しいだけで、涼しいわけがない。それどころか、元気いっぱいの生徒たちや猿人の後を必死でついていく、惨めな自分の姿が目に浮かんだ。
「やっぱり、お断りするわ。迷惑になりたくないから」と葉子はきっぱり言った。
三人はもう言うことが見当たらないのか、ちょっとお互いに顔を見合わせたが、すぐしょんぼり帰っていった。
その日の放課後は、水曜日恒例の職員会だった。職員会についても、他の多くのことと同様、葉子はとうにあきらめの境地に達していた。何か建設的な意見が出るとか、教育についての議論があるとか、民主的な決定がなされるとかは全くない。それどころか、結局は、経営者一族の意向にそった決定がなされて終わりだから、参加者はみなただ義務的に出席しているだけだ。そんなところに出て時間を浪費したくないので、校長先生らから見えないように、自分の前に大きなバッグを置いたり、わざわざプリントの山を積み上げたりして、そのかげで、採点、書類作り、プリントのホチキス止めなどの内職をする人がほとんどで、電卓で計算している人さえいる。
職員会の時間の管理もルーズで、ふだんは二時間ほどで終わるのが、この日は、数少ない男性若手で、理科担当伊藤教諭が、六時過ぎから自分の議題を出し、ああだ、こうだと理屈をこね、教頭に食い下がり、会をさんざん長引かせている。内職にも疲れたおば様たちは、
「しつこい人ね。これだから、結婚相手も見つからないのよ」などと、彼の悪口をこそこそ言い合っている。
その後やっと最終議題「夏休みについて」になった。うんざりしていた職員一同は、これで解放されると、すばやく内職道具を片付け、身支度をはじめる。このざわつきの中、教頭先生が声を張り上げる。
「先生方には、夏休み中、部活の試合、合宿などお世話になりますが、よろしくお願いいたします」
一同は大きく礼をし、我先に会場を後にした。
翌朝、二時限目の職員室。葉子はたまたま空き時間で、次のクラスの準備をしていた。教頭先生が数人の先生を回り、何か話しているようだったが、そのまま準備に集中していると、急に名前を呼ばれ、振り返ると、教頭先生だった。
「石井先生、山愛好会の付添い、ごくろうさまです。先生が行ってくださるので、助かりますよ」
「そのことなんですが、辞退させていただきたいと思っています。申し遅れましたが、よろしくお願いいたします」と葉子は一気に言った。
教頭先生は驚いた様子だ。
「えっ、てっきり行ってくださると承知してましたが。はて、どうして?」
「本格的な登山の経験がないので、とてもお役に立てそうにないからです」
教頭はあっけにとられたように、ちょっとぼーっとしていたが、すぐに困った、という顔をして言った。
「いやぁ、そうは言っても、先生はお若いし、大丈夫ですよ。若い先生は少ないので、期待してるんです。こう言っちゃ悪いが、あちらの方たちにはお願いしようにも、とても…」
と声を低くして、細長い職員室内の一番遠い一角で、先ほどから何人かで小声でおしゃべりしているおば様先生たちに目をやった。
「石井先生はいつもお元気で、溌溂として、生徒にも人気があるようで…。やっぱり、行ってもらえませんか?」
葉子は、高い山はとても無理なので、責任を果たす自信がないと、もう一度繰り返した。
「そうは言っても、新人の先生には少し無理をしてでも…、気力ででも、えへん、学校のためにも…、生徒のためにも、尽くしていただかないと…」
「そうしたいのですが、こればかりは、気力ではなく、体力が問題ですので、お断りします」と葉子はここで屈してしまえば、大変なことを抱え込むと思い、きっぱり言った。
少し沈黙していた教頭先生は、急に意地悪い目つきで葉子を見て、すぐ目をそらし、
「この頃の若い人は、自己主張がはっきりしているからなあ…」と独り言のようでありながら、まわりに十分聞こえる声でつぶやいた。
何て嫌味な人、これで教頭先生なのか、あきれるばかり。葉子がそのまま無言でいると、彼は
「じゃ、まずは校長先生に伝えましょう」と不機嫌に言い捨て、プイと行ってしまった。
やれやれ。ふうっと一息ついて、葉子はたった今起こったことを、整理してみた。教頭先生の立腹は明らかだが、できないことはできない。安易に引き受ければ、自分だけでなく他の人にも迷惑になる。これからこの件がどうなるかわからない。でも言うべきことは言ったので、これ以上は考えても仕方ない。忘れよう、と心に決めた。
その時、少し離れた席から、「先生、今ちょっといい?」という声がかかった。生物の塩谷先生だ。三年先輩のこの人は、自分の机に広げたカエルの解剖図を見ながらお弁当を食べるので有名だ。大きなお腹をかかえるようにして、葉子の隣の、今は授業中で留守の古谷先生の席にすわった。
嫌な予感がする。塩谷先生は大学時代から山ガールで、おととしの山愛好会の夏登山には顧問として付き添ってくださった、と大山部長が話していたのを急に思い出したのだ。ちなみに、去年の山愛好会顧問の数学の田中真美先生は、登山の付添いは見事に果たしたが、在職一年だけでこの三月に退職され、もはや影も形もない。
「ねえ石井先生、今聞こえてきたんだけど、行ってあげられないの?」
葉子の顔を覗き込むように近づき、塩谷先生は小声できいてくる。
「えっ? ああ、とても無理ですので」
「でも、ゆっくりしたコースに変えてもらうとか」
「それでも、三日間は長すぎて、無理は無理です」
「でもね、生徒がかわいそうじゃない? せっかく計画したのに。あなたが行ってあげないと、夏休み登山ができなくなるのよ」
おせっかいな人だ。カチンときたが、顔には出さないようにする。なぜこんなことを言ってくるのだろう。山ガールの彼女には平気なことでも、葉子にはとんでもないことなのに。葉子が何も答えないままでいると、塩谷さんはまた「生徒がかわいそう」を繰り返した。
「私が行けば、私がかわいそうなことになるんですが」と言いたいが、やめておいた。
何が何でも付添いを引き受けるのが生徒思いで、断るのは身勝手なダメ教師らしい。顧問を安易に引き受けたのは無責任だったかもしれないが、今回行かないことを、上司でもない塩谷さんにとやかく言われる筋合いはない。
塩谷先生は秋にはおめでたの予定で、この一学期をもって退職なさるから、生徒を思っての言葉なのだろう。しかし、彼女の脅すような、意地悪な口調が気になった。強要には屈するものかと、心の中でつぶやいた。
それから二、三日は、他の外野からも批判や攻撃が来るのではとか、教頭先生から呼び出されるかもしれないと、警戒態勢に入っていたが、何事もないまま日が過ぎていった。
ただ、早馬先生は職員室内ですれ違った時など、何か言いたそうだったり、不満そうに睨むような顔をしていたことがあったが、葉子はいつも通りにしていた。
ある日の夕方、日直だった葉子が、生徒が下校した後の校舎内の見回り任務を終えて、職員室のドアを開けたとたんのことだった。室内にいた早馬先生と伊藤先生がひどく驚いた様子で、話を中断した。二人のあわてぶりから、葉子のことを話していたのは間違いない。「生意気な女」という言葉が聞こえた気がした。
この二人とも何か言いたいことがあるのなら、少なくとも塩谷先生のように面と向かって、はっきり言えばよい。抜群の体力や、職員会での粘り強さの割には、度胸がなさすぎる。
待望の夏休みに入った。高二、高三の補習授業と、他校で行われた英語科教員研修会に出席した後は、生徒登校日、職員会、日直などはあるものの、まとまった休みが取れる。これから先のことを考えるよい機会だ。
就職するにあたり、たいして深く考えなかった。会社に入って新しい分野のことを一から覚えるより、中学校高校の英語を教えるほうが楽ができそうだし、余裕がある分、自分なりの工夫もできるのでは、などと想像した。夏休みなどの長い休みがあるのも魅力だった。こんな動機で教職を目指すのは不謹慎だという気もして、少々うしろめたかったが、実際に入ってみると、熱い志に燃えて先生になった人ばかりではないことを知った。
葉子と同じ新卒の女性教員である、木内先生と古谷先生は、先生になりたかったには違いはないが、「何が何でもなりたかったわけではない」、そうだ。二人は葉子と同い年だが、どちらもすでに結婚していて、夫君は大学院生だ。夫が勉強を続ける一方、妻が働いて結婚生活を支えている。教職は主婦業と両立しやすく、私立学校なので転勤もないから安心と、二人は話す。大学時代からの愛を実らせ、結婚、新しい人生を進む行動力がすごいと、葉子は思う。二人とも例の某女子大の出身だが、他大学出身の夫君らとの大きな夢があるのだろう。
その木内先生が、ある日お弁当を食べながら、突然、
「私、おば様たちとはやっていけそうだから、もうここに一生いてもいいわ」と言って、微笑んだ。
まさか。冗談でしょ、と思ったが、そうではなかった。いたって本気だ。葉子はどう返事したらよいのかわからず、
「えっ、本当? すごいなぁ…」としか言えなかった。言えるものなら、
「木内さん、どうかしたの? あなた、まだ若いのよ。もうおば様たちの仲間に入るなんて」と言いたかったのだが。
木内先生の言葉にぞっとした。彼女はこれまで、おば様たちをさして、「あの人たちって、ほんとに頭にくる」とか、担当している高二の世界史の授業に、そのクラス担任で三年先輩の土井先生が、受け持ちの生徒たちと一緒に私も勉強したい、と毎回クラスの最後列に陣取るのがいやでたまらないが、それでもはっきりとは断れない、とこぼすので、てっきり、この職場について、葉子同様、モヤモヤしているのだと思っていた。それなのに、「ここに一生勤めてもいい」なんて。それほど気に入っているとは知らなかった。やはり、木内先生にすれば、夫の勉学を応援し、生活を支える大役を果たすのに、ここは願ってもない場所なのだろう。すべてを天秤にかけ、答えを出した後、まっすぐ目的に向かう。大人なのだ、と葉子は思った。
そんなことは、葉子にはとても受け入れられない。大学を卒業して、人生はまだ始まったばかり。たくさんの可能性があるのに、世間の狭い、いい加減で進歩のない、絶望的な場所にうずもれるなんて考えたくもない。若者らしく、夢を追い、その実現のため思い切り邁進したい。これまでの四か月で、ここで見るべきものはすべて見た気がする。これ以上いたからといって、忍耐力は鍛えられるかもしれないが、自分の成長につながるものは何もないだろう。
教えることについては、まだ興味はあり、捨てがたい気もする。しかし、ついこの間まで自分が中学高校で習ってきたことを、これから先ずっと教えるのか、同じことを繰り返ししゃべり続けられるのか。そう考えると、うんざりしてくる。生徒の顔ぶれは毎年変わるから、全く同じわけではないが、初歩の英語や文法を情熱を持って教え続ける自信はない。そもそも生徒たちは、少ない例外を除いて、勉強は嫌いだ。学びたくない人たちに無理強いをしてまで、教える意味があるのか。
それでも、職業としては安定しているからと、おば様たちのように居座ると、終の棲家になるのは、容易なことだ。気がついた時には、もうすでに十年経っていた、ということになりかねない。一生ここにいるのを望む人が、幸せならばそれでよいが、葉子はそうはいかない。ここにいてはいけない。今決めよう。引け時をまちがってはいけない。もちろん、今すぐ退職するわけにはいかないが、来年の三月にはここを去ろう。もちろん、勤めている間は全力投球で教え、雑務も掃除もこなそう。山登り以外は。
二学期が始まった。夏休みにたっぷり時間があり、大きな決断ができたことが本当によかったと思う。そしてそれを自分の胸にだけしまって、あと半年を過ごすというのも、ひどくわくわくする。半年後に何をするかは、これからゆっくり考えるから大丈夫、と自分でも不思議なくらい楽観的な気分だ。自分の本当にしたいことをすればよい。それにつきる。 そんな余裕のある心持ちだからか、生徒たちとの再会も嬉しかった。
三時限目を終え、職員室へ向かって廊下を歩いていると、後ろから、
「せんせーい」と大声で呼び止められる。
振り向くと、大山部長だった。あ、そうだ、雲取山だ。結局行かれなかったのだろうか、と一瞬気がとがめたが、実のところ、今の今まで、すっかり忘れていた。葉子が付添いを断って以降、山愛好会の誰からも何の連絡もなかったから、葉子の頭の中から完全に消えていた。
走ってきた部長は葉子の隣に立ち、日に焼けた元気そうな顔をほころばせている。
「先生、お久しぶりです。雲取山よかったですよ。先生もいらっしゃればよかったのに」
「ということは、行けた…?」
「ええ」
「付添いは?」
「あ、それはですね、女の先生はどなたもダメなので、今年三月に卒業された村上ゆり先輩が来てくださったんです。大学でも山岳部に入ってらして、いろいろ教えてもらいました」
「あら、それはよかった」と葉子は素直に喜んだ。
その後も、山でのことを楽しく話してくれるのを聞いていたが、四時限目のベルが鳴ったので、あわてて職員室に戻った。
何だ、そういう手があったのか。葉子は拍子抜けした。結局、その程度のことだったのだ。それなら、早くそう言ってくれればいいのに。危うく騙されるところだった。断ったことは、正解だったのだ。
しかし、付添いを頼まれた時点では、そんなことは想像もできなかった。まったく不適任な葉子が何が何でも付き添わなければ、すべてが終わり、登山計画は中止、生徒は夏登山をあきらめるしかない、という空気が漂っていた。教頭先生や塩谷先生はそう思わせる圧力をかけてきたし、早馬先生らも、断った葉子に批判的で、不満をあらわにしていた。生徒のことを考えず、学校のためにも働かない、身勝手な教員、という評価になったのだろう。しかし、できないことは引き受けるべきではない。脅したり、精神論をかざしたりして、都合よく人を思い通り使おうとした人たちに、葉子は屈服しなかった。もし葉子がもう少し弱かったら…。危ないところだった。
でも、幸いなことに、ひどい目にあわずにすんだ。自分の気持ちを大事にして、耐えてよかった。これを機に、考えるきっかけが与えられ、自分が何を望むのか、望まないのかがはっきりした。若さがはち切れんばかりの大山部長と同じくらい、自らも自信にあふれて未来に向かっている自分を実感して、葉子は嬉しかった。