僕は一瞬誰だかわからなくて、ちょっと間をおいて、

「あ、万里さんだ」と言ったものだから、みんながどっと笑った。あんまりふくよかになっていたので、本当に気づかなかったのだ。ふくよかでも万里さんは十分「こんにちは、お久しぶり」と挨拶した。

ステキだけれど。

 再会を喜ぶ会話が一段落した時、万里さんは彼女の隣にぴたっと寄り添うように立っていた男性を見上げて、何か言った。すると彼は、にっこり笑い、姿勢を正して、自分から、

「協会シュトゥットガルト大学支部の、ウルリッヒ・ユルゲンスです」と名乗った。

 それまで、万里さんの横に誰かいるような気もしていたが、まわりは人でいっぱいで、小グループごとに話しているので、彼も他のグループの人で、まさか、万里さんの連れだとは思わなかった。山田君たちも同じで、まったく気にしていなかったと思う。ヒョロっとしていて、いかにも少年風で、とても大学生にはみえない。その割には社交的で、僕たち一人ひとりと握手をして挨拶を交わした。僕には、

「フランクフルトはいかがですか?」ときいてきたが、

「絨毯が重くて困っています」

などとはとても言えないから、外交辞令でお茶を濁した。その時一瞬、万里さんのほうを見ると、彼女はユルゲンスの横顔をじっと見つめていた。その視線の熱いことといったらない。

 僕が一年生の四月に、初めて会ったJ大の石井さん、森さん、梶田さんたちを帰国子女とまちがえて以来、三人は実力をつけ、協会でも目立つ存在になっていた。特に石井万里さんは優秀で、勉強家であるだけでなく、受け入れ、送り出しの業務でも、同学年からも後輩からも頼られている。東京支部のセミナーや英語討論会では、理路整然と自分の意見をはっきり言い、男子学生でも遠慮なく言い負かす。男として、情けない、悔しいと感じる時もあったが、万里さんの論理の明快さと英語力に、すごい、参った、と思うことのほうが多かった。

 去年、東京支部が海外研修生の歓迎会を開いた際には、三年を代表して誰が歓迎の挨拶をするのか、なかなか決まらなかった。男子はみなしり込みするなか、万里さんが引き受けてくれた。

「……。研修生のみなさんは、今日はお客様として招かれていますが、明日からは、お客さんではありません。わたしたちと同じ協会員の一人として、有能な研修生として、最善を尽くすことを、研修先の企業も期待しています。みなさんが立派に研修すれば、後進の学生にもつながり、貴国と日本の絆も深まり、何より、みなさん自身の夢の実現に近づくでしょう。ご健闘をお祈りします」

 一人ひとりの学生の目を見つめて、温かく歓迎するだけでなく、研修生の自覚を喚起する厳しさも感じられる、見事な出来ばえだった。

 万里さんは責任感が強く、忙しい協会の仕事と大学の勉強が重なった時も、必死に努力していた。彼女の学部はレポート提出が僕などより極端に多いにもかかわらずだ。

 去年の夏休みに、いつも打ち合わせ会をするZ大校舎の教室が、大学の都合で使えなくて困った時、万里さんの家を提供してくれた。六人で訪問した先は、僕の大学の理工学部の新校舎がよく見えるところで、その近さに驚いたが、そのことをそれまで万里さんが話したことはなかった。

 打ち合わせが終わると、万里さんは紅茶とケーキを運んできて、

「これ、わたしが作ったの。由美さんが明日お誕生日だから。あまり甘くないから、男性も、よかったら召し上がって」とほほ笑んだ。

 抹茶ケーキは黄緑色のスポンジの台に、白い生クリームと缶詰のアプリコットがのっていて、色彩が美しい。味もとびきりおいしかった。

 万里さんがこんなこともできるなんて……。僕はそれまで、女性的な万里さんは、まったく想像したことがなかった。こんなふうに万里さんは、意外な面をいろいろ持っている魅力ある女性だ。そして、今、また別の面を見せてくれた。彼女は恋をしている。

つづく