翌朝、ハンスとともに研修先のD銀行へ向かった。ドイツ最大手のこの銀行は今までも協会を通して各国からの研修生を受け入れていて、プログラムも整っているらしいが、何せ僕はドイツ語がだめだ。どうしたらよいのか。ハンスは、

「D銀行の人には、なるべく英語で研修をお願いしたい、と頼んである」と言ったものの、少し不安なように見えた。案の定、僕たちを迎えた相手は、どこか気乗りしない顔をしていた。

 それでも、午前中は、今後の予定などを若い銀行員が英語で説明してくれたが、渡された資料は全部ドイツ語だった。彼の上司らしい人が二人、途中で別々に様子を見に来て、そのたびに、ドイツ語はまったくできないのか、と英語できかれた。

 お昼になり、案内された社員食堂で昼食をとっていると、ハンスが顔を真っ赤にして、走ってきた。汗をふきながら、僕の向かいの席にすわり、

「あの……、ノブオには悪いんだけど、ここじゃ、研修は難しいそうで、他へ変わってほしい……」と言いにくそうに言った。

 僕もそうではないか、とは思っていた。僕と一緒に研修を始めた身長二メートルはありそうなオランダ人学生が、僕の隣の机で説明を受けていたが、彼は相手の言うことがすべてわかるようで、やたらに相づちをうち、受け答えもものすごいスピードで、流れるようになめらかに話す。ここはドイツだから会話はドイツ語なのだろう。オランダ人は隣国とはいえ、ずいぶん流暢だなと思うが、フランクフルトからオランダ国境までは、東京と静岡くらいだから、上手なのも当たり前なのかもしれない、と自分を慰めた。

「次の口をなるべく早く見つけるから」

ハンスはしきりに申し訳なさそうに言う。

「ミスマッチは仕方ない。僕も東京で経験したことがあるから」

とこの時はまだ余裕で答えた。

 僕の次の行き先は、全国展開する大手Gデパートだった。フランクフルト市内に数店舗を構えるが、そのうちの一番新しい、数ヶ月前に開店したばかりの店舗だ。配属先は四階の絨毯売り場で、研修内容は、「仕入れ」や「販売」ではなく、「運搬」だった。

つづく