★1分で読める短篇小説『夏至』作:南野モリコ | 1 分で読める短篇小説

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★1分で読める短篇小説『夏至』
作:南野モリコ

ジャンル:サスペンス
ストーリー:夫に届いた愛人からの手紙。妻は、行き場のない思いを葬り去る・・。


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私は堀田里奈を海に沈めた。女の体は重力に従い、冷たい海に静かにゆっくりと沈んでいく。
 29歳の背が高くもなく低くもない平均的な「女の子」だ。本人は太っていると思っているだろうが、体型も平均的だろう。髪型は、今流行りのミディアム・ショートで控えめな茶色に染めている。
 堀田里奈は、グレーのスーツのまま、髪を乱しながら沈んでいった。顔は知らない。私は、堀田里奈に会ったことがないのだ。知っているのは、届いた封筒の裏側に書かれた「堀田里奈」という震えたような丸文字だけだ。

 恐いもの知らずの女の手紙は郵便で届けられた。宛名は「漆山美代子様」と妻である私になっていた。



漆山美代子様

 私は、3年前、漆山辰夫さんに関係を迫られ、遊ばれた挙句、捨てられました。20代という女性の一番いい時代を漆山さんに台無しにされました。
 漆山さんは、強引で自分勝手で我が儘で、子供が玩具に飽きるように私を捨てた冷たい人です。今から結婚相手を探したとしても、29歳ではすぐに時間切れになります。
 漆山さんとつきあっていたのは、3年前のことで、今はもう縁を切っていますし、今後も連絡するつもりもありません。
 でも漆山さんから受けた屈辱と心の傷は今も癒されません。このやり場のない気持ちを整理するために、奥様の美代子さんに手紙を書きました。     
 漆山さんご夫妻と接触するのはこれで最後にします。もう連絡してこないで下さい。
 さようなら。

堀田里奈



 知らない女性からの突然の手紙は、受け止めるのに時間が必要だった。要するに、堀田里奈は夫と過去に不倫をしたことがあって、3年前に一方的に別れを告げられたということが理解出来た。それでも自分は割り切ることが出来ず、今になって嫌がらせの手紙を書いた、というところだろう。
 29歳と言えば、仕事と恋愛しか知らない年代だ。家庭を壊すことの重大さも考えず、最後の悪あがきでこんな手紙を書くことが出来てしまうのだ。






「堀田里奈さん」
 私は沈んでいく女に天から話しかけた。言葉が間違っていますよ。あなたは「遊ばれた」のではなく、「遊んだ」のです。
 そして、
「漆山さんは、強引で自分勝手で我が儘で、子供が玩具に飽きるように私を捨てた冷たい人」。これだけ罵らなければ気が済まないほど、夫を好きだったのでしょう。あなたも共犯です。

 堀田里奈の文字は、学校で習ったようにはねや止めまできちんと書かれた若い女性らしい丸文字だった。勤務態度もまじめで、職場でも慕われているだろう。


 事務職であろう29歳の女と夫の秘め事をどう消化しようか考えた末、私は、事務員の女を「無意識の海」に突き落とすことにした。

 若い女の肉体は、音のない暗い海の中で踊るように、ゆっくりと沈んでいった。弾力のある唇から泡が吹き出し、魚の大群が包むように群れて、柔らかい肌を少しずつ食べる。そして、いつか女は骨だけになり、それが女であったことさえも分からなくなるのだ。全て忘れた後に残る「何か」が私という人間になっていくのだろう。



 それにしても、なぜ堀田里奈は、今になって手紙を書いてよこしたのだろう。夫は1年前に亡くなったのだ。







 3年前というと、夫に難病が見つかった頃だ。余命が宣告され、過ちを清算したのだろう。夫と二人三脚で過ごした闘病生活は、苦しいけど、濃密な日々だった。病気がなければ、これだけ尽くすこともなかったかもしれない。

 夫はよき家庭人で、女性の気配は微塵も感じなかった。真面目が取り柄の夫に別の顔があったなんて。夫は夫で人に言えない苦しみがあったのだろう。悲しいけれど、少し笑ってしまう。今だからこそ、こうして寛大になれるのだけど。

 堀田里奈に夫の死を知らせようかと思ったがやめた。彼女が憎んでいる間は、夫は恋人の中で生きていられるのだ。

傷つくのも憎むのも生きていてこそ。どうぞ気の済むまで夫を憎んで下さい。全て夏の間だけのことだ。恋をするのに時間切れなんてない。生きてさえいれば、必ず次のホイッスルが鳴る。

 便箋を封筒に戻すと、私は庭に出てライターで火をつけた。丸文字のインクが浮かび上がり、柔らかな灰になると、夫の好きだった椿の根元に埋めた。これで過去は完全に封印された。

 畳の部屋に座ると、急に陽が陰ってきた。ヒグラシが鳴き始めた。冷茶の氷が崩れる音。線香の煙の香り。




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★1分で読める短篇小説『迷子の人魚姫』作:南野モリコ

ジャンル:友情、女性
ストーリー:変わってしまった幼なじみ。しかし、彼女の部屋に飾られた1枚の絵から親友の孤独を知る・・。


読んでね爆笑