緑苑堂のひとりごと -3ページ目

『ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶』大崎善生

大崎 善生
ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶

 『九月の四分の一』と対を成す短篇集。それは表紙の統一性からも納得がいく。同じく四篇が収録されている。前作は語り手が男、本作は女である。『九月の四分の一』の最後の一篇と、この本の最初の一篇は繋がっている。感覚的に、ではなく、登場人物も設定も実際に繋がっているのである。

 この作家、長いタイトルが好きなようだ。そこに美しさを感じる派なのだろうか。前作より一歩半、小説が進んでいる。そんな印象だ。『九月の四分の一』ではヨーロッパを舞台にすることに拘りすぎて、リアリティを失っていたり、妙にミーハーで生活感のない設定も目についた。今回もその跡は残っているものの、きれいなものばかりを書きたがる印象はいくぶん和らいだ。読む者として、少しホッとした。

 大崎善生さんの感性は認める。書こうとしているもの自体は間違っていないと思う。でも心に迫るもの、心に残るもの、という観点から見ると、どうも弱い気がしてならない。グラスに注がれたワインの表面を指でなぞっているだけで物語を作り上げている感じがするのだ。もっと指でかき回し、こぼれた部分に、小説家としての目を向けてもいいのではないかと、おせっかいにも、つい思ってしまう。きれいな物語を読者に認識させるには、きれいな部分だけを書いていては……。それだけでは比較する対象がないことになる。――決して批判したいのではなく、期待したいのだ。だけど読後感が弱い。私は空腹のままなのである。

 『九月の四分の一』も『ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶』も恋愛小説である。たしかに中心は恋愛だ。でも男女の愛を語る時、ベッドの中の描写を必ずしも書く必要はないと思う。

 きっとこの二作は、作家としての己に対する実験なのだと思う。この先に、もっと表現したいことが明確に見えてくることを期待するための“模索の二冊”。大崎善生さんの中で、そんな位置付けの二冊であってほしい。……それにしても、どちらもきれいな仕上がりだ。

『九月の四分の一』大崎善生

大崎 善生
九月の四分の一

 表紙がきれいで、手にとってすぐに買いたいと思った。そして変わったタイトルに、「どんな意味があるのだろう」と思いを巡らせた。出版社の思う壺のような買い手になってしまったが、心にスゥーと入ってきた感覚は大事にしたいと思う。

 長編を想像したが、四篇の短編集だった。「九月の」を「この本の」に置き換えれば、各編は全体の四分の一ということになる。そういう意味合いが込められているのかと思ったが、実際には、四編のうちのひとつの題名がそのままこの本のタイトルになっているようだった。でもきっと「四分の一」というキーワードを意識して四篇を選んだのではないだろうか……。

 この作家、きれいなものが好きな人のようだ。それは、これまでに出した本の装丁にもよく表れている。長年、将棋雑誌の編集長を務めた経歴の持ち主でもあるから、理路整然とした美には人一倍、敏感な作家なんだと思う。そんな特徴が各作品にも確実に反映されている。

 ただ、本当に“きれいな物語”とは、“上辺だけがキレイなものがたり”とは違うと思う。大崎善生さんのフィクションは、きれいな作品には違いないのだが、どこか大事なものがたりん気がしてしまう。「九月の四分の一」──表紙もタイトルもきれいで、とても期待して読み始めただけに、少々物足りなさが残る結果になってしまった。

 大崎善生氏は、小説家を主人公にした作品に力を入れる作家でもある。太宰治のファンであることに関係もありそうだ。「小説家」という存在への憧れを卒業し(もうその夢は果たしているのだから)、もっと鏡の向こう側まで泥臭く書くようになった時、この作家の真の実力がより鮮明に見えてくる気がする。

『忘れ貝』三咲光郎

三咲 光郎
忘れ貝

タイトルと表紙を見て、衝動買いした本だ。買ったのは数ヶ月前だが、今頃になって読んでいる。本には買ってすぐに読める本と、数ページめくってもなかなか進まない本がある。三島由紀夫の『仮面の告白』や田山花袋の『田舎教師』は後者にあたる(私にとって)。この本も後者に入るのだが、果たしてどのくらいで読み終わるだろう。

『音楽』三島由紀夫

三島 由紀夫
音楽

 「音楽」という響きから想像したのとは全く異なる作品だった。主題となったこの「音楽」を聞いたことがある人は、どれくらいいるのだろう……。それにしても三島由紀夫さんの小説家としての力量には恐れ入る。こういう見せ方もあるのか、と勉強になる。推理小説の要素を絡めながら、純文学として主題を描く。その貫き方が綺麗なのだ。乱反射しつつも実体は“透明な宝石”のような作品である。

『パーク・ライフ』吉田修一

吉田 修一
パーク・ライフ

 ストーリー作りの才を持つ吉田修一の特徴を素直に感じられる小説だ。芥川賞受賞作でもある。日比谷公園を舞台にした、ちょっとお洒落な大人の恋愛小説。「スタバ」など固有名詞を巧く文章に忍び込ませ、その言葉が内包する情景説明力を活用する作家だ。つまり多くを語らず、多くの情報を読者に呈示する術に長けているのである。読後感の良い作品を多く書く。


(blurのアルバムと同じタイトルなんだよね)

ブラー
パーク・ライフ