このシナリオは小説の下書きとして書かれたものです。シナリオ全文はホームページでも公開中です。
●ホテル・外観(午後)
3月下旬。庭園に桜が咲いている。
大橋勝枝(62)の声「(先行して)お店はどうなの渚さん。儲かってる?」
●ホテル・ラウンジ
大橋勝枝の取り持ちで杉浦英司(37)と水谷渚(34)が見合いをしている。それぞれの母親も同席している。
渚「(直結で勝枝に答え)ええ、まぁまぁ」
勝枝「すごい。英司さんはあれよね、エアコンのなんとか」
英司「技術開発を」
勝枝「そうそう。難しいことしてるの。頭いい。でも出会いがない。緊張してる?」
英司「え?」
勝枝「硬くなってるような。そりゃそうよね。こんな美人目の前にしたら」
渚「いいえ(謙遜)」
勝枝「あら、渚さんだけじゃなく私らもよ。美人たちに囲まれてって意味」
渚「あ」
英司「ええ、まぁ、ヘヘヘ」
●タイトル「友情結婚」
間あって再び勝枝のセリフが割り込み、
勝枝の声「商売抜きだと全然関心ないの。そういうもんじゃないでしょっていつも言うのね」
●ホテル・ラウンジ
勝枝「仕事ばっかで生きてるわけじゃない。人生のほんの一部よ。純粋に人の役に立ちたい。そういうのがないのうちの旦那は」
英司の母「すみません、お世話になって」
勝枝「ううんううん、いいのいいの。恩に着せる気はない。役に立ってるのが私も嬉しい。それだけ。フフフ」
英司「ヘヘ」
勝枝「お見合いで夫婦の愚痴言っちゃいけないね。いつも失敗しちゃう。しゃべり過ぎ。顔合わせのここが最高潮で。もう遠慮します。あとは若い方ふたりだけにして。しましょうね」
母たち「ええ」
渚「プッ(と小さく吹きだす)」
●ホテル・庭園
英司と渚が歩いてくる。無言の間あって、
英司「本当におつき合いしてる方いらっしゃらないんですか」
渚「ええ、まぁ(目を伏せる)」
英司「信じらんないな」
渚「え?」
英司「綺麗なのに」
渚「――」
英司「(桜の場所でとまり)しかしホントこんな風にされるんですね」
渚「こんな風?」
英司「ふたりに。あとは若い者同士で」
渚「あぁ、ですね。思わず笑っちゃった」
英司「あ、さっきのやっぱり?」
渚「あるある、これ見たことあるって思ったらなんか」
英司「うんうん。うわ、ベタって僕も思った」
渚「フフフ」
英司「気が合いますね」
渚「――(真顔になり)私は母が、ちょっと強引だったんです、今回のお話」
英司「そう」
渚「実はそんな、結婚は考えてなくて、願望もなくて」
英司「――そうですか」
渚「一度言うこと聞けば、しばらく気が済むのかなって、それで承知したんです――ごめんなさい」
英司「いやぁ」
渚「杉浦さんがどうとかじゃなく、私の方の問題で」
英司「いいんです。僕も似たような感じだった」
渚「そうですか?」
英司「親がうるさくて。まぁ今年38だし、心配もわかるけど」
渚「ええ――」
英司「厄介ですね。あ、断られたからって張り合ってるんじゃないですよ」
渚「そんなこと思ってません」
英司「(さっぱりと微笑し)気にしないで、お互い断りましょう」
渚「はい」
英司「うん(桜を見まわす)」
渚「あ、もしよければこちら(バッグから名刺入れを出して1枚差し出し)機会あれば使って下さい。お近くに来た時とか、お仕事でも、女性とでも」
英司「(受け取り)あぁ、ありがとう。じゃあ僕も一応(とスーツの内ポケットを探す)」
途中からやり取りの声が低くなり、それにかぶせて、
英司の声「他人は僕らを不幸と思うかもしれない。確かにあんまりない話だろう。それでも、それでも僕らの物語だ」
●お台場(夜)
レインボーブリッジなどの夜景がいくつか。
人のざわめきが先行して、
●あるレストラン
南原幹男(37)と菜月(34)の結婚式の二次会会場。着飾ったふたりが別々に招待客のテーブルをまわっている。
英司のいるテーブルに幹男が来て幸せそうな笑顔。だいぶ酔っている。ほかの友人と話しているのを英司が笑顔で見ている。一方のテーブルに気づく。
女性だけのテーブルに菜月が来ている。隅に渚がいる。視線に気づいて英司を見る。英司とわかって驚き小さく一礼。
英司「(小さく返礼)」
幹男「(倒れ込むように英司の横に座って抱きつき)英ちゃんなに~? 目ざといじゃなーい」
英司「よせって。飲みすぎ」
幹男「ん? あの子?(英司の見ていた方を見て)なに気になんの? あれ嫁さんの親友よ。高校時代の友達」
英司「そう」
渚はもう見ていない。友人たちと共に菜月と話している。
幹男「紹介する? してほしい? 任せてよ俺に。英司のためならなんでもする」
英司「いいよ。余計な世話」
幹男「幸せなんだって俺。誰かの役に立ちたいの。一緒に幸せになろうよぉ」
●レストラン・表
出入口で招待客の見送りをしている幹男と菜月。挨拶している渚たち。
それを離れた場所、エレベーター前で見ている英司。エレベーターの扉があいて友人のひとりが「行くぞ」と声をかける。
英司「ああ(とエレベーターに乗る)」
●新橋・情景(夜)
雨が降っている。梅雨の雨。
英司の声「(先行して)いいのかよ新婚なのに飲み歩いて」
●居酒屋
幹男との待ち合わせに英司が遅れてきたところ。傘をテーブルのはじにかけたりして、
英司「(前シーンと直結で)うまくいってっか?」
幹男「あぁ、まぁ」
英司「どうした暗い顔して。喧嘩か。離婚か」
幹男「なに言ってんだ。これ土産。新婚旅行の(とABCストアの袋を渡す)」
英司「お、サンキュー。どれどれ(とあける)」
●トランプ
外国人の女性モデルのヌードが絵柄になっている。
英司の声「またベタなもん買って来たね。バカだろ?」
●居酒屋
乾杯を終えてつまみも来た頃合い。
幹男「(真顔で)いや実は、謝ることあって」
英司「誰に。俺に?」
幹男「二次会で紹介するって言ってたあの子、憶えてる? あの子のことで」
二次会で目が合った渚が短くインサート。
英司「なに。いいよ。いいって言ったろ(ビールを飲む)」
幹男「そお?」
英司「頼んでないじゃん俺」
幹男「だったらまぁ、いいんだけど。別の子紹介するよ。もっといい子」
英司「――彼氏いるって?」
幹男「え?」
英司「あの子。別にいいけど」
幹男「やっぱ気になる?」
英司「『やっぱ』ってなにさ。なってないよ」
幹男「ホントに?」
英司「しつけーな。そんなン言われたらどんどん気になってくるだろ(と冗談で言うが)」
幹男「うん――(真顔)」
英司「なに。なんなの。なんかあんの」
幹男「ま、二度と会うことないだろうしいいか」
英司「え?」
幹男「レズなんだ彼女。レズビアン。女が好きで」
英司「――そうなの?」
幹男「ついこの前カミさんに聞いた。新婚旅行の帰りに、飛行機で。俺は初耳で驚いて。あんな綺麗なのにもったいねーよな」
英司「――そう」
幹男「カミさんは大人になってから聞いたらしい。学生時代は言えなかったんだね。知ってからも別に、それ以外は普通だし、変わらずつき合ってる。性格はさっぱりしててむしろ楽だしって」
英司「そう」
幹男「いい人はいい人。俺も知らずに何度か会って話したけど。でもまぁ、そんなわけだから、しょうがない。ほか探すよ。今いないんだよな? どんなタイプがいいの最近」
●フレンチレストラン「プレジール」(夜)
後日。渚が働いている。来客を席に案内したりメニューを説明したり。
●店の前の道路
仕事帰りの英司が通りすがりに店内を窺う。
●プレジール
渚が出入口のレジのところに来て気づく。
おもての英司、渚と目が合ってしまい無視するわけにいかず小さく一礼。
渚「(出入口を出て)どうされました?」
英司「あ、杉浦です」
渚「ええ、勿論、憶えてます。お食事に――」
英司「あ、ええ、そうですね(腕時計を見て)そういう時間ですね。食事に」
渚「おひとりでらっしゃいますか?」
英司「うん、そう、ひとりで」
渚「どうぞ。いらっしゃいませ(微笑で店内へ)」
英司「はい(と続く)」
渚「あ、近くにたまたまお越しとか?」
英司「いえ、そういうわけでもないんですが」
渚「どうぞ。ご案内いたします(店内を歩き、どこの席にしようか真顔で考え、個室に入る)どうぞこちら(微笑する)」
英司「あ、こんないいとこ、ひとりなのに」
渚「ええ、今日はあいてたので」
英司「そう」
渚「(椅子を引き)どうぞ」
英司「(一礼して着席し)そうですね」
渚「え?」
英司「普通は予約するもんですよね、こういうお店は。突然来ちゃって」
渚「ううん、いきなりも大歓迎。お気になさらないで下さい」
英司「はい」
渚「こちらメニューです。今お水をお持ちします」
●厨房・インサート
シェフ数人が調理中。忙しい。
●個室
渚「(お冷やを置き)お台場で、このまえお会いしましたね」
英司「(メニューを見ていて)ええ、ご挨拶しなくて」
渚「私は菜月の、新婦の高校時代の友人で」
英司「ええ(うなずく)僕は幹男の、大学時代のサークル仲間で」
渚「何か聞きました? 私のこと」
英司「いえ――」
渚「すごい偶然ですね。驚いた」
英司「なんか、やっぱり縁があるのかもって」
渚「縁?」
英司「あ、お忙しいですね今」
渚「まぁ」
英司「どうぞ。まだ決まってなくて(メニューをめくる)」
渚「(真顔で)無理になら、ご注文はいいです」
英司「え?」
渚「何かご用があっていらしたんじゃないですか?」
英司「――まぁ(目を伏せる)」
渚「ただ食べになら、嬉しんですけど」
英司「――」
渚「何かあるのかなって、それでこちらにご案内したんです」
英司「座っていただく時間、ありますか」
渚「ええ――わかりました(うなずいて英司の正面に座る)」
英司「すみません」
渚「ううん、気になってると仕事に障るし」
英司「なるべく、なるべく早く話します」
渚「なんでしょう」
英司「実は、僕は(深呼吸し)ゲイなんです」
渚「え」
英司「言ってないから見合いに、ああいうことになって。すみません(一礼)普通の結婚は無理で」
渚「――そう」
英司「パートナーもいます。2年つき合ってる年下の。いきなりこんなこと(すみません、とまた一礼)」
渚「そうですか」
英司「ええ」
渚「わかりました。驚いたけど」
英司「はい」
渚「お見合いは私も断ったんだし、だまされたなんて思いません。お気になさらないで下さい」
英司「――」
渚「わざわざそんな――なぜわざわざ言いに?」
英司「ええ(目が泳ぐ)」
渚「なんです?(警戒)」
英司「これは善意のことなので、怒らないでほしんですが」
渚「ええ」
英司「幹男から渚さんのこと、聞きました。幹男は僕が、渚さんを紹介してほしそうな、そういうカン違いをして、諦めろって意味で、渚さんは無理だと」
渚「――そう」
英司「彼も聞いたのは、最近らしく、菜月さんに」
渚「アウティング?」
英司「でも善意です。菜月さんだってそうだろうし、夫婦ふたりのあいだだけ、幹男はほかの誰かに言うようなヤツじゃありません。そこは信じてやって下さい。僕もあいつのことは――いや」
渚「いや?」
英司「いえ、僕は彼にも、自分がゲイだと言ってないんで」
渚「そう」
英司「普通に男の友人で、20年近く。だから信じてるって言うのは、なんか」
渚「――」
英司「そんなヤツじゃない。話しても差別するようなヤツじゃない。実際渚さんのこと話してる時も、そうだった。でも自分のことを話すのは――勇気がなくて」
渚「わかりますけど」
英司「――(うなずく)」
渚「で、なぜそれを私に?」
英司「――渚さんもご家族には、内緒にされてるんですよね、お見合いしたということは」
渚「まぁ」
英司「あれから話しました?」
渚「いえ」
英司「これから話す気は」
渚「――」
英司「都合のいい提案ですけど、隠すつもりでいらっしゃるなら、僕と形だけ、そういう結婚はどうかって」
渚「結婚?」
英司「形だけです。家族に、世間に、本当のことを隠すのに」
渚「――」
英司「こんな嘘は、つかずに済むなら一番だけど、まだそんな風に世の中なってない。少なくとも僕の家族は」
渚「偽装結婚?」
英司「友情結婚です。聞いたことありません? それを成立させるサービスもある」
渚「知ってますけど」
英司「うまく行くか、簡単じゃないかもしれないけど、渚さんとなら、なんとかできそうな」
渚「どうして?」
英司「話が合ったし、あのお見合いの時、いい人と思ったし」
渚「――」
英司「母ともあのとき会ってる。母は渚さんのこと、気に入ってました。母みたいなタイプは苦手ですか?」
渚「そんなことは(まだわからない)」
英司「思いついたらどんどんできそうな、どんどん名案に思えてきて」
渚「パートナーの方は、どう言ってるんです?」
英司「ええ――」
渚「賛成なんですか?」
英司「いえ、まだ話してません。まずは渚さんにと」
渚「彼が先じゃないかな?」
英司「――かもしれない」
渚「私もパートナーいるんです」
英司「――そうですか」
渚「彼女がもしそんな提案したら、私は賛成できるか――寂しいは寂しいし、モヤモヤは当然するし」
英司「ええ」
渚「ちょっと無理――無理です。ごめんなさい」
英司「ですね。すみません。変なこと言い出して」
渚「いいえ」
英司「幹男に聞いたことは、安心して下さい。僕は誰にも、墓場まで持ってきます」
渚「――ええ」
●走る電車内
英司が吊革につかまり揺られている。
●プレジール
渚が仕事中。接客している。
●あるアパート・ドア
英司のパートナー、松山明(35)が内側からドアをあけ、
明「どしたの突然」
英司「邪魔した?」
明「全然。どうぞ」
英司「うん(と入る)」
●プレジール
閉店後の店内で渚がひとり売り上げの計算をしている。手がとまる。考えている目。
●住宅地(朝)
休日。鳥の声。
石崎睦美の声「(先行して)店に来たって――しつこいの?」
●渚のマンション
キッチンで渚が朝食をつくっている。パートナーの石崎睦美(32)がパジャマで来る。「おはよう」と挨拶し合うふたりの声は聞こえず、
渚の声「最初はそうかって警戒したけど、全然違って」
睦美の声「なに?」
●ダイニング(時間経過)
朝食中の渚と睦美。
睦美「(手がとまっていて)友情結婚――」
渚「どうかって提案」
睦美「どう言ったの?」
渚「そりゃ断ったよ。突然だし」
睦美「突然て」
渚「改めて考えたら、悪くないかもって」
睦美「やめてよ」
渚「最初はそう言うのわかるけど」
睦美「本気?」
渚「その彼もパートナーいるって。まだ話してないみたいだけど」
睦美「マジで言ってんの?」
渚「睦美は睦美でそのパートナー、紹介してもらえるかも」
睦美「紹介って――私はそっちと?」
渚「睦美次第」
睦美「ふざけないで。クラスの班分けじゃあるまいし」
渚「勿論どんな人か、睦美と合うか合わないかは会ってみないと」
睦美「うまくいくわけないじゃん」
渚「どうして?」
睦美「渚はうまくやってける? その見合いした人と、できそう?」
渚「形だけだし」
睦美「でも結婚となったら、親に挨拶したり式挙げたりするんでしょ」
渚「まぁ」
睦美「新居決めたりお盆やお正月に相手の実家行ったり。そこまで本気で考えてる?」
渚「睦美も本気で考えて。私たちこのままでずっと行ける?」
睦美「不満ないよ」
渚「のちのちの話。あと2年で今の私と同い年になる。結婚はまだか、いつするんだって家族にせっつかれる」
睦美「とっくに言われてるけど」
渚「まわりもそういう目で見る。男が寄りつかなくなるのはいいとして、面倒減って」
睦美「私は渚ほど男にモテないし」
渚「形だけでも結婚したらどお? 今の面倒、これから待ってる面倒避けられない?」
睦美「でもなくならないでしょ。次は子供。いつかまだかってすぐ言われる」
渚「でも今よりマシにならない?」
睦美「そんなに今の生活変えたい?」
渚「変わらないよ。もし結婚したって、年に何日か。それ以外の三百何十日が大事。それを守るため」
睦美「――」
渚「メリットあると思うの、私たちにも。いつまでも女のルームメイトといるから行き遅れるんだ、なんて言われない」
睦美「――どんな人かわかんないじゃん、相手」
渚「そうね。気に入らなきゃナシでいい。当然。でも私たちは、秘密にして閉じこもってコソコソして――あちらもそうかも。男とか女とか恋愛とか関係なく、ただつき合える友達みたいの、もっとあってもいいんじゃって」
睦美「――」
渚「まずはそこから。気が合わなきゃその先もない。無理する気もない。でも気が向いたら、軽くでいい、考えてみて」
●英司の会社(午後)
広い敷地に工場がある会社。雨が降っている。
●会議室
20人ほどの男たちの中に英司がいる。バイブレーションの音がして上着からスマートフォンを出す。電話に出られず留守電にする。
●プレジールの前の道(夜)
傘をさした英司が来る。プレジールに入っていく。
●事務室
小さな応接セットのテーブルに水のグラスが置かれる。
英司「(ソファーに座っていて)ありがとうございます」
渚「すみませんこんな場所で。夕方までは個室あいてたんですが、急に予約入って」
英司「いいんです、全然」
渚「わざわざ来ていただいたのに(正面に座る)」
英司「お忙しんじゃないですか?」
渚「だいじょうぶ。任せておけば、困った時は呼びに来るし」
英司「そう」
●店内
厨房やホールの忙しさ。
英司の声「(先行して)お話というのは」
●事務室
渚「ええ(目を伏せ)突然お電話して(一礼)」
英司「いいえ。驚いたけど」
渚「お呼び立てしたようになって」
英司「こっちが週末まで待てなかったんで、気にしないで下さい」
渚「うん――」
英司「会って話したいというのは」
渚「実は先日、私のパートナーにあの話、杉浦さんがおっしゃってた結婚のこと――」
英司「話された?」
渚「ええ」
英司「どうして――怒られたり、気分を害されたんじゃ?」
渚「最初はまぁ、抵抗あったけど」
英司「最初は?」
渚「私も提案したんです。悪くないんじゃって」
英司「それって――」
渚「私と杉浦さんが結婚して、仮に、形だけでも」
英司「ええ」
渚「それと一緒にパートナー同士も、同じように結婚するのはどうか」
英司「お互いに?」
渚「結婚まで行くかは勿論わかんないけど、今の時点では」
英司「ええ」
渚「でも会ってみるくらいは、マイノリティ同士いいんじゃって」
英司「――お相手は」
渚「会うだけならって」
英司「そう――」
渚「会うだけ会うって返事をくれて、昨日の夜」
英司「そうですか」
渚「だから、もし杉浦さんのパートナーの方がよければ、一度4人で会うのはどうだろって」
英司「うん――(目が泳ぐその顔に)」
明の声「(先行して)ちょいちょいちょいちょい」
●明のアパート
英司と明のふたりがいる。英司が帰りに寄ったところ。
明「なんでそんな話になってんの」
英司「うん」
明「まずは経緯よ。いつの間に? 春先の見合いは断ったんだよな? なんでその相手と会ってんの」
英司「先月お台場で結婚式の二次会、大学時代のダチのあったろ。そこで偶然会った」
明「偶然?」
英司「むこうは新婦の親友で」
明「聞いてないよそんなこと」
英司「それから新郎のそいつに、こっそり彼女のこと聞いて。実はレズビアンて」
明「俺はそんなの聞いてない」
英司「断れず見合いしたってことは、俺と同じじゃないか。親には言い出せずいて、じゃあいっそのこと結婚するのはどうか」
明「そこよそこ。おかしいだろ。なんでひとっ飛びにそこ行くの」
英司「うん――」
明「だいたい俺に断りもなく」
英司「彼女が却下なら言うのもアホじゃない。まずは確認て」
明「それでも大半黙ってたろ。世間話にチラッと言うくらいできたじゃない。相談だって――なんも言わないのはないよ」
英司「悪かった」
明「信じらんね(そっぽを向く)なんで英司はそんな信用できんの、その相手」
英司「いい人だし」
明「どんな風に」
英司「言うことに嘘がないような」
明「隠してんだろレズのこと」
英司「それでもなるべく嘘はつきたくないって感じで。見合いの時も普通なら世話人通して断るのに、その場で俺に詫びて」
明「でも乗ってきたんじゃん、偽装結婚に。嘘ありまくりじゃん」
英司「うん――」
明「英司は信用されてんの? その人に。なんで」
●英司の記憶・プレジールの事務室
渚「お見合いの時からなんとなく。私が断ってもさっぱりしてて、いい人って。だからしつこくされない気がして、この店の名刺を渡したり」
●現実・明のアパート
英司「先週提案した時の態度も、真面目で信じられたって。ゲイを告白してもその口止めをしなかったり」
明「自慢?」
英司「ん?」
明「知らないとこでいろいろあったんだね(嫌味)」
英司「――彼女のパートナーは、俺らに会ってもいいって話で」
明「急にそんなこと言われても」
英司「ゆっくりでいいよ。考えて。結婚とかそんな先まではいい。とりあえず似た者同士、つき合いできるのはいいんじゃって。明もその程度に考えて」
明「――俺はゲイって知られたことないんだけど、今まで女に」
英司「うん」
明「どんな態度で接していいか」
英司「俺も今までなかった。でも言わなきゃ進まない。そう思って話した」
明「――」
英司「緊張するのはわかるよ。でも慣れんじゃないかな。そうやって少しずつ進まないと」
明「今よりよくなる?」
英司「よく?」
明「結婚なんてしても面倒増えるだけじゃん。好きでもない相手の家族と絡んだり。俺は元々家族と疎遠だし。うるせー世間は無視すりゃいい」
英司「世間が無視しないよ」
明「それでもこっちが無視すりゃいい。過剰な関心なんて下品なんだ。そうやって逆に差別して、切り捨てりゃいい」
英司「――」
明「偽装結婚なんて――そこまでしてメリットある? そんな」
英司「一緒に暮らせる」
明「え?」
英司「むこうはもう住んでるらしいけど。女同士のルームメイトは敬遠されないからな」
明「――」
英司「でも結婚すれば、俺たちも」
明「――」
英司「考えてみて」
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