不思議、大好き! -7ページ目

不思議、大好き!

文章はすべてフィクション。ほぼ1話完結。

人付き合いが苦手なんだね。それに、君も、生き方に迷ったり、悩んだりしてる。等身大の君に触れた気がして、また、それを打ち明けてくれてありがとう。嬉しかった。

僕もよく生きることに行き詰まる。すごく仕事が上手く行って、有頂天になってるときも、ふと階段を踏み外すみたいに、ガクッと一気に落ちる。ネバーエンディングストーリーの主人公の馬が底なし沼にゆっくり沈むみたいに落ちるときもある。いずれにしても、落ちてばっかりな気がするよ。

僕はね、そんなときは2つの選択肢を設ける。

一つは、身体を目一杯動かす。1日中走ったり、泳いだりする。または、好きな小説を端から写す。前者は身体の錆を落とすみたいなことになる。後者は、頭のコりをほぐすようなことになる。

二つ目は、青梅とか秩父の山とかに出掛ける。スピッツの8823とか渚とか、くるりのTEAM ROCKとか聴きながら。森なんかの緑なんかの中で、しっとりじっくり自分を見つめ直すんだ。短編集を読むときもある。すると、時間を掛けて心をマッサージされてるようなことになる。

とはいえ、現実は変わらないんだけどね。それをしたからといって、家に帰ると恋人が笑顔で迎えてくれるわけじゃないし、諸問題の載った机が綺麗になってるわけじゃない。

でも、少なくとも、明日もやってみるかみたいな気持ちにはなる気がする。

人に近況を訊かれたならば、「なんとかやってるよ」って応えるような毎日。

でも、君とこうして話すと楽しいよ。そばにいてくれてありがとう。
実家に帰ると母が、
「最近写真を整理したのよ。おまえも写ってるから見てみたら。」
と言って早晩寝てしまった。

僕は、昔の写真なんて見る気にはなれなかった。実家に戻ると決まって死にたくなる。なんでだろうと自問していた。

十代をようやく出た頃に、家や親のシガラミと必死で闘っていたこと思い出すからだろうか。それとも田舎の閉鎖性に辟易していたことを思い出すからだろうか。いや、シガラミと閉鎖性の臭いは、結局、まだ身体から消えていないことを自覚するからだろうか。

換気扇の下でタバコの煙をくゆらせながら、そんなことを考えていた。

自然と今の自分と昔の自分を対比させていた。

なんで昔はあんなにギラギラしていたんだろう。周りの人全員敵だと思っていた。自分と関係のないすれ違う人にさえもギラリと睨みを利かせていた。

今はそんなことはない。昔と比べて穏やかなのかと言われるとそうした感じとも少し違う。もっと負けている感じの、無気力感に近い。

昔が良いとか今が良いとかの判断すら出来ないくらいの怠惰が、意識を支配している。

タバコの味が変わり、煙を楽しめなくなると、僕は換気扇を離れた。

アルバムを手に取ってみた。何ページかめくった。歳の違う僕や家族が写っていた。クロニクルを手に取っているようだった。

その中の一枚に高校時代の僕の写真があった。

高校時代は親元を離れ、姉の元に下宿していた。その時代にはシガラミも閉鎖性も感じなかった。僕は、真夏に幾重にも重ね着していた服を一気に脱ぎ捨てて、裸で自由を叫んでいるような顔をしている。

もちろん今の僕から見れば、そんなの気付いていないだけで、僕の後ろに映る影の中にしっかりとシガラミも閉鎖性も息を殺して潜めているだけに過ぎない、ことを知っている。

だから、今見ても自分の無知やそれを見落とし続ける高校時代の自分を確認するだけだった。

でも、そんな馬鹿な僕の隣に、女の子が一緒に写っていた。

懐かしい感じと懺悔の思いが混じり合った。

あぁ…と生気が抜けていく気がした。
ずっと問い続けている。ずっとずっと。たぶん、違う答えが欲しいんだろう。

答えはひとつある。もうそれは自問する前からあった。答えを先に告げられたのだから、それはそうなのだ。

"最初から決まっていたのよ。こうなることは。原因如何にかかわらず"

彼女はそう告げた。そして、僕は何も返せなかった。そんなの間違っていると叫びたかったが、それはとても不謹慎に思えて言えなかった、当時。

じゃあ、今は言えるのかと問われれば、僕は、そんなのは間違った考えだと、言えるのだろうか。再び、この問いを自らに突き出してみる。沈黙が僕の口を塞いだ。

僕との間に出来た子どもは、ある日突然、心拍数を弱めて、そのまま台風が過ぎ去った後のように、何事もなかったかのように、無くなってしまった。でもそれは、正確な表現ではない。だって、無理やり、医学という名の術で、彼女の中から取り出されてから葬儀まで行ったのだから。名前もちゃんとあった。

もうすぐ生まれてくるはずだった。あと僅か20日間だった。様々に、自分も含め周りの人が抱き思い描いた家族3人のイメージ、小さな爪きり、名前付きの肌着、ふわふわのタオルなどの乳幼児用品を残したまま、ぷっつりと眼前からその子はいなくなってしまったんだ。

取り出され子どもを見たとき、言葉にならない感情が込み上げた。僕らの頬を伝う涙とは裏腹に、僕が思ったのはこんなことだった。この子じゃない、僕らの元に来るはずの子どもは、この子じゃない。

療養を終えた彼女は、僕に告げた。たぶん僕より何倍もつらい思いを抱いてきたはずの彼女は告げたのだ。”最初から決まっていたのよ”

僕は耳を疑った。確かに僕は、あの子じゃない、とは思ったが、決まっていたとはどうしても思えなかった。僕らが描いた未来は、そんなに遠くはない、そう思う気持ちが、執拗にくすぶっていたから。

その後、何度も、向こうやこっちの実家に場面を変えながら、何度も何度も話し合ったが、彼女の意志は変わらなかった。


僕はバッグに中にしまった指輪を取り出した。リングの裏側には、子どもの名前が刻んであった。安定期に2人で作ったものだった。

決まっていたんだろうか。決まっていたかどうか以前に、結果は変わらない。そんなことは分かっている、それがどんなに残酷なものであろうと。

僕らはそれから、別々の道を歩くこととなった。歩く上での約束事はただひとつ。決して交わらないこと。

あなたのせいじゃないの。最初からこうなることは決まっていたの。私は間違った選択をしているのかもしれない、確かにあなたの言うとおり、私たちの描いた未来はそう遠くもないのかもしれない。そこにあの子が居なかったとしても…。

彼女は力無く笑った。まるで今までの人生がすべて無駄だったかのように。飛べない翼ならもぎ取ってしまえと、強引に翼を無くした鳥のように。

とにかく僕らはその大きさも分からないほどの深手を負ったまま別々の道を歩くこととなった。癒せるのはお互いしかいないと自覚しながらも。同時に、癒す相手なしに、もっとタフにならなきゃいけないんだと強がりながら。

2002年7月。もうすぐ13年目の誕生日を迎える。僕は全然タフになれていない。

夜風が冷たかった。

僕は未来をどう描けばいいんだろう。最初から決まっているのなら、教えてほしい。僕は指輪を握りしめながら、そのsignを探し続けた。
栃木県に来ている。来る度に横切る。2人の間に何が足りなくて、選択仕切れなかったのだろうと。すると、ググッと深層心理に水が湧き、僕の心をジットリ湿らす。

できることは、頭を振り、目の前の現実に忙殺されるだけだった。

未だに僕は、その水を口にすることができずに、喉を涸らす。
特に、観たい映画があった訳じゃなかった。何となく手持ち無沙汰になったから、近くの映画館に足を運んだだけだった。上映作品のポスターとリストの前で、彼女と2人で観る映画を選んだ。

映画館の座席は4割が埋まっていた。程よいスペースで落ち着いて観ることができた。シートに深くもたれると映画は静かに始まった。

片田舎の女性警察官が主人公だった。まだ若い彼女はある事件で信頼していた上司を亡くしてしまう。頼る者がいなくなった彼女はひどい孤独に陥る。

仕事一本で邁進してきた彼女にとってはかなりキツい挫折だった。心の中央で大きくそびえていた支柱を失ったようだった。とても脆く、些細なことですぐに崩れ落ちてしまいそうだった。

しかし、そんな中、堕落した毎日を送る妹や昔の恩師、行きつけのバーの客なんかと付き合う内に彼女の狭窄していた視野は広がりつつあった。

「彼は、警察官の最大の武器は善良な心だ、っていつも言ってた」

「みんなヘマしてる。ただ同じ過ちは二度と繰り返さないっていつも誓うだけよ」

「僕はただ、こんなはずじゃなかったって思うだけなんだ。問題なのは、もうどこにも、どう考えても良いことなんて思い付かないことなんだ」

ヒロインはどの人にも底知れない闇があることに気付いた。そして理想を探す者や理想を諦めている者、または救いを求める者も求めていない者もいた。自分はどうだろうと彼女は考え始める。



僕は彼女と映画館を後にして、カフェに入った。会話は特にない。2人とも無言でホットドリンクを飲んだ。

僕らの関係は、無味無臭の毒薬を日々盛られているように、少しずつ衰弱していた。

でも、僕は彼女に伝えた。

「コーヒー、美味しいね」

僕がほほえみかけると、彼女もほほえんだ。
空は30%くらいの濃さの灰色を混ぜた青色だった。空気は乾いていて、温かかった。変な天気。

彼女は会社を休んでいた。僕は仕事をしていなかった。わずかな後ろめたさが二人の間にあって、会話はほとんど弾まなかった。

大きめのピクニックシートの上に寝転んで、空をずっと見詰めていた。心の様子は空模様。ひらけているはずなのに、開放感は全然生まれない。

彼女は身を起こして僕に聞いた。

「なにか食べる?」

僕は首を横に振る。何か楽しいのだろうかと、僕は思う。“何が”ではなくて、“何か”。

日焼けしたテープのような、やらしい粘着みたいなものを僕と彼女の間に感じる。それで良いのかどうか、何がそうさせるのか、それが何かと僕は考えを色々と巡らした。

彼女はコーヒーしか飲まない。ほとんど食事を摂らない。彼女は何をエネルギーにして生きているのだろう。

金髪の外国人が犬をつれて、僕らの前を通りすぎる。犬は楽しそうだった。テレビの液晶に映ったもののように、僕はそれを見ていた。

彼女は心配するように、何かを育むように、下腹部を撫でる。

僕の眉間には、少しシワが寄せられる。

僕は彼女の何を見て、どう進んでいけばいいんだろう。

僕のなかにも、彼女の中にも、何も生まれてはいなかった。

青々とした新緑だけが、生え替わった子どもの歯のように、小さないぶきを伝えていた。

この季節、広々とした公園を通るたびに、僕はこんなことを想う。
目の前には、何もありはしない。

いくら進んでも、ありっこない。

もともと用意されているものなど、何一つ無い。





でも、



何かがそこにあるのではなくて、

何かがそこにあると思うことが、

そこに何かを創り出す。
彼女は自分の家に戻った。つまらない仕事を終えて。デスクワークのしこりを肩に抱えたまま、部屋の片隅に座り込んだ。

左手で右肩を揉む。首筋から肩にかけて筋肉は固まり、しつこく彼女に怠惰を伝えている。なだめるように、打ち消すように、もみ続けた。

しばらくそうしてぼんやりしていた。頭の中には、どろっとしたシロップのようなものがたゆっていた。いつも仕事を終えて部屋の片隅でこうしていると、それに気付くのだった。

あきらめて、シャワーを浴びた後、部屋着に着替えた。気分は幾分すっきりしたが、頭の中のそれは無くなりはしなかった。量は減ったが質は変わらない。

肩のしこりと頭の中の液体。相互に関係していそうではあったが、それ以上詮索できそうになかった。

頭痛がやってきそうな予感があった。

ベッドにあがり、膝を曲げて座った。動いたら肌を切れそうなくらい、部屋の空気は乾燥していた。なんだろって思いながらも、時計を見るともう眠らなくてはいけない時間だった。

彼女は泣きたかったが、涙も乾燥してしまっているようだった。彼女の中には何も残されてはいない。空っぽだと思った。

仕方なく布団に潜り、部屋の明かりを消した。その中で、変わらない明日のことを思った。昨日と今日の境を一向に見分けられないまま彼女は眠った。



でも、彼女は知らない。朝には枕が僅かに濡れている。潤いはまだ誰にも気づかれずに彼女の中の奥底に眠っていた。
室温は36度。エアコンはない。それが煩くて、たまらず家を出た。

向かった先は海。小さな舟に乗って海原へ出た。波はどんどん僕を沖へと運んでいった。

まるで友達や家族と、さよならするみたいだった。ゆっくり小さくなっていく陸を見ていると、陸に向けられた焦点がぼやけていった。僕は最初から一人ぼっちだったんだと思った。

舟を漕ぐオールがないことに気づいた。でも、どこかに向かおうとしているわけじゃない。舟に寝そべって流れに任せた。

海原は一定のリズムで沖へ沖へと進んでいった。海の中心へと引き寄せるように。海は初めから明確な目的をもち、僕を連れ去ってくれているんだ。

波のうねりが静かに舟を揺らす。左右に揺られながら、いつしか僕は眠ってしまった。夏の暑さは不思議とわずらわしくはなかった。

夜に目が覚めた。満天の星があった。適当に家族や友達の名前を付けたら、すごく身近に感じた。

その誰もが黙って僕を見下ろした。僕も見上げた。お互いの間には、何万光年もの距離があった。

それは永遠に縮まることはない。縮まったと思ってもそれは錯覚であることが多い。離れることはあっても、近づくことはない。

そう考えると、気持ちがとても楽になった。

朝になり、起きあがってみると、僕はまた再び陸へと運ばれていた。

夜に見た星々のことを考えながら、暑くてうるさい家へと僕は戻ることにした。