ひだまり | 不思議、大好き!

不思議、大好き!

文章はすべてフィクション。ほぼ1話完結。

陽射しはやさしく大地を暖めた。ときおり柔らかな風が抜けていく。僕は窓辺に両肘をついて、そんな外の様子を眺めていた。

目の前の陽だまりは心地良く、頭をやわらかくさせた。キレイな血の流れをモニターで見るように、とめどなく、様々な思いや記憶が頭の中を駆け巡る。どういうわけか、目を逸らす事ができなかった。

すると、ゆっくり妙な気持ちになってきた。気分が悪くなったわけじゃない。胸の奥で、小人が軽いステップを踏むような、地に足が着かない感じ。

目の前の景色と頭の中身、その全く違うもの同士が徐々にシンクロしていった。夢うつつのように、目の前に色々なものが現れては消えていく。それが現実なのか幻想なのかは考えず、僕はただ傍観していた。

黒猫がふっと視界の中央に現れた。最初、背を向けていたがしばらくすると振り向いた。振り向いた黒猫の目は金色に輝き、そして耳元まで口角を上げて笑うと消えていった。

次に現れたのは狸だった。狸はしばらく姿をさらしたあとすぐに消えたが、それは三度続いた。そして、どの狸も車に轢かれたように重傷を負ってグッタリと横たわっていた。

三度目の狸の死骸が消えたあと、しばらく何も現れなかった。だけど、何かが変化していくのを感じた。湿度が上がり、蜃気楼の様に景色が揺れはじめた。

喉が渇き、うっすらと額に汗を掻いた。そうした妙な緊張感が高まると、目の前の揺れる景色が経年摩耗でペンキが剥がれ落ちるみたいにボロボロと、少しずつ崩れ落ちていった。崩れ落ちて現れたのは駅の改札だった。

左手側に改札口があり、右手側には券売機が並んでいる。その間は5メートルほど。そして中央の天井からは円形の時計が吊してあり、6時を指していた。

夕方らしく、赤茶けた日差しに照らされた会社帰りの男女が忙しく改札を抜けていった。券売機には人が少なく、切符を買う人はほとんどいなかった。だけど、手前の券売機の端に僕の目は止まった。

黄色いTシャツにボロボロのジーンズを穿いた若い男性が立ってた。腕を組み、眉間に皺を寄せている。じっと正面の改札口を見詰めていた。

たまに右手人差し指の第二関節の背で下唇を押さえながら、口の中を噛んだ。それが癖らしく何度も下唇の裏側を小さく噛んでいる。何度目かには、にじんだ血が下唇から少しだけ流れ出した。

その時、彼は誰かを待っているのだと思った。それが誰なのかは分からないが、きっと大切な人に違いない。彼の態度から僕はそう感じた。

大勢の過ぎ去る人々に目もくれないほど、彼はひどく集中している。きっと来た瞬間にわかるのだろう。相手は彼が待っていることを知っているのだろうか。

時は過ぎて行き、人は徐々に減り始めた。時計は10時を指したが、彼は微動だにせず、下唇を噛み続けた。刻々と彼の集中力は増していくようだった。

12時を過ぎると人はほとんどいなくなった。ときおり到着した電車から2、3人下りてくる程度。そのうち、電車は来なくなり、終電を迎え、ホームの灯りは消えていった。

駅員たちが談笑をしながら彼の前を通り過ぎていく。駅員たちは彼の存在に全く気がついていないようだ。その内、改札の灯りもついには消えた。

彼はそれでも待ち続けた。暗闇の中で、目だけが白く浮かんでいる。そして執拗な鋭い眼光の上で、時計はいつもと変わらず、チクタクと時を刻み続けた。

その場面は徐々にフェードアウトしていき、目の前の景色は薄暗くなっていく。僕はハッとして、もう夜になっていることに気づいた。顔を上げると、三日月が夜空に浮かんでいた。

彼は誰を、そしていつまで待っているんだろう。相手は彼が待っていることを知っているんだろうか。このことばかりが気になった。

でも詰まるところ、黒猫は笑い、狸は三度死んだのだ。そんなこと、彼にも相手にも、ましてや僕にもわかりっこない。僕はそう思い、月を枕に眠りに就いた。