不登校から脱却ブログ

 

中学生の兄は起立性調節障害と診断されてから完全不登校なりました。

小学生の弟も「学校に行きたくない」と言い、ギリギリの生活でした。

そんな中、復学支援GoTodayさんのお力をかり、無事学校に戻る事ができました。

子供達の日々の成長を書いています。

 

 

こんにちは。

いつもいいね!やコメント、メッセージありがとうございます。

どなたかのお役に立てればと思います。

 

長男が不登校になった時、

携帯電話のルールはなかったです。


心療内科の先生にも、

「学校に行けない辛い時間を、

気を紛らわすためにも携帯電話は取り上げないで下さい。」

っと言われていたので、息子は24時間手に持っていました。

小学生の弟も携帯をもっていました。


“携帯依存”も怖かったけど、

それ以上に、携帯のない時間をどう過ごすか

かわいそうだと思っていたし、

携帯を取り上げる事が怖かったです。


復学支援が始まり、少しした頃に、

携帯電話のルールを伝えられました。

思っていたより厳しくなく、

『こんなに自由でいいのー?!』

なんて思う事もありました。


しばらく、息子は言われたルールの中で生活をして行くのですが、

学校に戻り、友達との繋がりが戻ってくると、

その、決まったルールをうとましく思うらしく、文句?!ルールの変更を言ってきました。


それが、結構何回も言ってきました。

「友達の中で俺だけなんだけど」

「委員会の話しだからいいでしょ」

「こんなルールあるのうちだけだよ」

「◯◯なんて、こんな携帯もってて、プランは◯◯だよ」

等々…


正直、その度に心は揺れ、

『え!そうなの。皆んなは自由なの!』

なんて、子供に寄り添う癖は中々なおりませんでした。

しばらくは、

『児童専門の心療内科の先生が治療の一環として携帯電話は取り上げないで!って言ってたし』

なんて…本気で思っていました(反省)

学校に戻っているのだから、

その先生の言葉はもう必要ないのに、

自分の都合のいいように解釈していました。


しかも、ルールは厳しくないと思っていたのに、

子供に寄り添う癖は中々抜けませんでした。


息子からの要求をのむ事は楽だと思いました。


『友達と連絡取れないのはかわいそう』

『学校の事なら話しべき』

『せっかく学校に戻っているのに、

また機嫌悪くなるのかな…』



でも、毎日の電話でのアドバイス通りしていたら、

息子は1人で毎日学校に通うようになった。


だから答えは分かっていました。


毅然とした態度でルールを伝えるのみ。


毎日、言われた訳ではないけれど、

定期的に携帯電話のルール変更を要求する息子でしたが、

3年目にして、


「ま、このルールに実は納得している自分がいる。」


っと言ってきました!


3年目にして、

息子は『家のルールは変わらない』事を理解し、

『何故このルールがあるのか』を考え納得したのだと思います。


まだ中学生。

これからも携帯電話の交渉はしてくると思うけど、

ルールはルール。

学ぶ必要があり、

そこに順応できる力があります。


ちなみに、

次男は時間きっかりは守れませんが、

素直にルール通りにします。

当たり前のようにルールにそって生活できます。


2年前、

子供に寄り添い過ぎて、

当たり前な事を素直に受け止められなかった自分ですが、

今では“正しい”と思います。


不足不満ばかり言っていたら、自分も苦しい。

素直に受け入れる能力がある方が、

よっぽど穏やかで前に進む事ができると思いました。


受験生母ですが、

こんなに穏やかに過ごせるなんて。

毎日感謝しています。




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うちの男子は2人とも活発です。

次男は復学支援を始めたら、

活発な性格だったと気付きました。


長男は本当にジッとする事がなく、

常に動き回っていました。

児童専門の診療内科で「ADHDですね」

っと診断もありました。


幼稚園でも、

小学校に入っても、

ジッとする事が苦手でいつも担任の先生から報告されていました。


初めての子育てだし、

周りに小さい子供がいないまま大人になったので、

子供が動き回る事には困っていたけど、

『しょうがない』っと思って子育てしました。


テレビを観ても、

ゲームをしても、

常にぴょんぴょん跳ねたり、リズムをとったり、


もちろん、指摘をされていたので、

自分でもネットで調べて『ADHDなのかな?』っと思ってはいました。


高学年になって色々トラブルやできない事が増えました。

私は『ADHDだからできないんだ。なら、私が手伝わなきゃ』っと、書類整理や履きやすい靴、靴下を用意しました。


長男が不登校になった時、

スクールカウンセラーや、

心療内科の先生も、

「不登校になったのは発達障害の二次被害ですね」

っと言われました。


私の中で、

『色々手伝ってきたのに、私の力不足だ』

っと思いました。


だからもっと息子の“辛さ”に共感してあげ、

無理をさせないように全力で息子を守りました。


でも、私がやればやるほど息子は精神的におかしくなりました。

幻覚幻聴をうったえてきた時には本当に怖かったです。

睡眠時間がバラバラで、

24時間のサイクルは彼には全く関係なく、

夜中に叫び震えていました。

私が起きている時は殆ど寝ていたり、

食事の回数も減り、

顔は青白く痩せ細っていました。


無理に明るく振る舞い、

パートも買い物も普通にこなしていましたが、

先の見えない毎日に心が押し潰されてしまいそうでした。

いや、いっそおかしくなりたかったです。


同じく不登校で悩んでいるママさんのブログを沢山読みました。

愚痴を吐き出したり、

苦しいおもいを書き出しているブログを読んで、

『私は1人じゃない』

っと思えました。

心の支えでした。


復学支援のブログに出会えた時は、

本当に嬉しかったです。

希望の光です。


息子は学校に戻り、

他の生徒と一緒に授業を受け、

今まさに受験生です。


彼なりに頑張り、

希望の高校を見つけ、

明るい将来に向けて進んでいます。


書類整理も、

時間管理も、

まだまだな所もあります。


やはり特性はあるんだと思います。


でも、先日法事がありました。

次男はジッとできず、

手に持っている物を触ったり、

バタバタと足を動かしたりしていました。


っが、

長男はジッと法事を全うしていました。

手は膝の上で、

前を向き、

最後まで動きませんでした。


年齢的なものもあるんだと思いました。


私が過剰に思い込み、

必要以上に子供に手を出してきた。


ありのままの息子を認める。


難しく思う所もあるけど、

1番近くにいる大人に認めてもらえる事は生きて行く中で必要だと思いました。


気付かせてもらえてよかった。

この先も見守ります。


 


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中学生の兄は起立性調節障害と診断されてから完全不登校なりました。

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こんにちは。

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2年前の冬、

復学支援をお申し込み、

毎日アドバイスを頂きました。


何もかも真反対な子育てで悪戦苦闘していたのを覚えています。


当時は“良かれ”と思い、

子供の問題に首を突っ込んでいたので、

特に小学生低学年の弟は全く自分の事ができまでんでした。


なので、冬休み最終日、

宿題も持ち物も何も準備をできていない事に気付いた次男はパニックを起こしました。


泣き叫び、

暴れ、

物を投げ、

母を責めたり、

お願いしてきたり、

もーこんなエネルギーはどこからきたのかってぐらい、1時間以上騒いでいました。


その頃の私は、

そんな次男の姿を見る事が辛過ぎて、

心の中では『ごめんね。ママが悪いんだよね』

っと思っていました。


でも、その時既に次男の変化はみていたので、

復学支援で教えてもらう事はうちの家族には必要だと感じていました。


ただ、

ただ辛い。

可愛く幼い次男の泣き顔は見たくない(涙)

しかも、

散々母が手を出してきたのだから、

できないのは私のせいだと思っていました。


泣き腫らし疲れ果てた次男はお風呂に入らず、

ご飯も食べず、そのまま寝ていました。


そうすると、

次に心配するのは明日の学校です。


『絶対「学校に行きたくない」って言うだろうなぁ。どうしたらいいんだろう。朝メールで支援の方に聞こう』

っと思いながらも、

ザワザワが止まりませんでした。


夜寝るのも怖く、

朝起きるのも怖い。


そんなザワザワが止まらない朝でしたが、

とにかくお風呂を磨きました(笑)

心配している顔を見せてはいけないし、

「学校に行きたくない」

なんて言われたらどう答えればいいか分からない。

携帯をポッケにすぐ支援の方にメールできるようにしていました。


でも、私の心配はよそに、

次男はお風呂場にいる私に向かって、

「行ってきます」

っと言って学校に行きました。


その日の夕方も、

「宿題、忘れてるのは俺だけじゃなかった。」

っと言い、できる事をしていました。

手伝って欲しいと言われた事だけ手を出し、

できる限り離れて見守りました。

(買い物に行ったり、お風呂掃除をしました)


本当にびっくりしました。

絶対無理だと思っていたから、

一つ大きな山を超えたと思いました。


今は“当たり前”と思えるけど、

その頃の私は、

自分に自信もなかったし、

子供を信用していなかったし、

子供達が失敗する経験が怖かったです。


失敗を知らず大人になる方がよっぽど恐ろしい事なのに。


次男は、今回の経験で、

“母はやってくれない”

“宿題は自分でやる”

事を学びました。


その後の長い休みも泣く事はあったけど、

高学年になった今では宿題は数日前には終わらせるようになりました。

私は一切手も口も出さないです。

心配もしていません。


私は子供達を信用しているし、

間違っていても乗り越えられると思うし、

失敗を沢山したらいい!

苦い経験から学ぶ事はある!

っと自信をもって言えます。


子供の宿題を心配して、

手を出し口を出し、

何もできない大人になる前に気付いてよかった!


私は穏やかに、

子供は泣く事なく、

当たり前に自分の事は自分の責任でこなす。


泣き虫だった次男は、

大きく立派なお兄さんに成長しています。


大丈夫だったんだ!

気付けてよかった。