のんこ家族

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のんこ家族の日々のダラダラ日記

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すっかり更新しないままとなってしまったブログでしたしょぼん
題名の通り、ユキはお空へ旅立ちました。

9月15日の朝、ユキの病院に夜行こうと肌着を洗濯中に電話が鳴り。
呼吸をとめて、心拍が下がってきていますとの連絡が入りました。
主人と急いで家を出て、病院に向いました。
病院の中に入り、ユキの元へ向かうと持ち直したみたいで、いつもの様にスヤスヤ寝ていました。その日は数時間様子をみて、問題がなかったので家に帰りました。

9月16日11時38分に電話がなり、また心拍が下がってきてて、もうダメかもしれませんと先生から言われ…。
病院へ向かいました。
途中、電話もかかってこなかったので持ち直したのかな?とかいろいろ考えながら向かいました。
病院の中に入り、GCUのインターホンをいつものように鳴らすと、珍しく「少しお待ちください」と言われました。
やっと入口があき、看護師さんがマザリングルームに案内してくれました。
そこには、酸素マスクもミルクチューブも何もしていないユキが今まで見せたことのない穏やかな顔で眠っていました。
本当に眠っているかのようで、今にも息をしそうな姿でした。
立ち会えなかったのは悔しいですが、楽になったユキを見て、もう苦しまなくていいんだと安心もしました。
先生から話しを聞き、11時52分に亡くなったと言われ、連絡をもらってから約10分で息を引き取っていた。
最期にお風呂に入れて体をきれいにし、買ってきたベビードレスを着せて、こども病院の明るくて綺麗な霊安室(祈りの部屋)で、お世話になった看護師さんや先生方がお別れに来てくれて。1人1人抱っこして頂き。病院にはとても感謝しています。
家に着いたのが夕方6時半頃で、葬儀屋さんがユキの為に祭壇を飾っていてくれました。火葬が急遽次の日になってしまい、本当の身内だけで通夜をしました。
次の日、小さいカワイイカゴの棺に入ったユキは火葬され、小さいお骨だけが残りました。火葬場の方がお骨をなるべく残せるようにと気を遣ってくださり、骨壷に沢山残すことができました。

2ヶ月という短い期間でしたが、1年くらい過ごした感じがします。それほど長く感じました。

今回の事で沢山の人と出会い、泣き・笑い、ユキがいろんな事を教えてくれたんだなと思います。

ユキはお空から私達を見守ってくれているかな?ラブラブ
またまた久しぶりの更新です(笑)
あれから赤ちゃんは少し落ち着いたかな

なんだかんだで、様々な危機を超えて1ヶ月ドキドキ
なんか、いつも生命力にはビックリです
1ヶ月のバースデイは主人と一緒に行きました
顔を見たら、口から通してるチューブをとめるシールがパンダになってました
夜勤の看護師さんが、描いて貼ってくれたみたいです
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すごく嬉しかったな
あとは、主人が初めて沐浴をしたの!!
しどろもどろだったけど、赤ちゃんは気持ちよさそうだった

8月22日、主治医から染色体検査の結果説明があった。
やはり、13番目の染色体が1本多い13トリソミーだった。
やはり、予後は長くないとのこと。
今現在赤ちゃんは頑張ってますが、かなり苦しくなってきているみたい

生命力が続くまで頑張れ!としか言えない自分が悲しい。

でも最期の時を迎えるまで、笑ったり、泣いたり、怒ったり。
一緒に沢山しよう

また明日逢える


赤ちゃんが誕生してから全くブログ更新をせずにいました

なんだか、毎日がバタバタで(言い訳)

さて、あれからの赤ちゃんなんですが…。

生まれてからNICUで治療をして、私が退院する前にGCUに移動しました。

呼吸は酸素は必要ですが、自発呼吸をしています。ミルクは胃にチューブが通ってるのでそのチューブに流して飲んでます

たまに呼吸を忘れてしまうらしく…。足を刺激して呼吸をするように気づかせますショック!

言われてた心疾患名が最初の見解とは違く、総動脈幹症というとても難しい疾患らしいです。こども病院でも2年に1人いるかいないかの確立らしく…。
もともと、手術は希望しない私達でしたが、生まれてきた赤ちゃんにもし手術を望んでも適合外だったみたいです。

今日の朝、病院から赤ちゃんが急変したと連絡が入り、急いで行きました。とりあえず落ち着いたということで、抱っこしてたら顔が紫色になりまた急変…。
看護師さん達が、吸引や酸素をして処置をしてくれたおかけで、なんとか落ち着きました。いつ電話が鳴るのかドキドキしています。