退院してから、傷病手当をもらいながら

自宅療養していた


1年くらい経ち、主治医は、会社関係者

と、三者面談したいといった


そして、烏山病院に皆、集まった


総務部長、マンションに訪ねてくれた

部長、俺、主治医


主治医がなんていったか

まったく、覚えていない

ただ、常駐でなくても

産業医が必要だといっていたのを

記憶している


ただし、記憶に鮮明に残るのは

待ち合わせのとき、俺の顔を見た

マンションに訪ねてくれた部長の

リアクションだ、すごい驚いていて

お前、リハビリしてたんじゃないのか

そう、いったこと

それだけ、ギラギラさがなくなり

衰退していたんだ


つづく

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1年間の間の出来事は色々あったけど

息子とのことにフォーカスする

 

息子とは、離婚調停で

面接交渉は2ヶ月に1

養育費は5万円と決まっていた

 

ところが、退院後、一度だけ会って

 

絵本を渡しているが

本屋でひらめいて買った

あおくんときいろちゃん

1冊持っている、お気に入りだ

 

 

元妻側の、息子にとっての祖父母が

待ったをかけた、元妻もだと思う

 

つまり、もう、息子と会わせない

 

息子の健全な成長に、悪影響を及ぼす

そういう、主張だった

 

俺は困って、離婚調停のときにお世話

になった、弁護士に相談した

 

弁護士は、調停を申し立てることを

勧め、自力でやるようにいった

 

半年くらいだろう、調停は行われた

 

つづく

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手術は成功し、順調に回復し

烏山病院に戻ったが、衰退していた


それでも、1ヶ月くらいで退院した

アパートは、妹が引き払って

俺は、実家の、他界した父の部屋

そこに、住んだ


ひとりでではなく、3人で住みたいと

そう、俺がいったらしい


お風呂に、ひとりで入れなく

母に介護してもらうほどだった


仕事復帰の許可、つまり、三者面談

会社との面談まで1年かかった


つづく

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これも、話しは前後するが


3ヶ月くらい

血痰を吐いていないとき

外泊の許可が出た


まだ、どこに、どう住むか

決まっていなかったので

マンションはそのままだった


妹と相談して、マンション

に帰ることにした


なので、エリをよんた

別れるつもりで


エリと俺は、愛し合ったが

少ししらけていたし

完全なSEXはできなかった


ふたりは、お互い、悲しい顔で

納得していた

かえって、よかったんだと


入院で、エリとの関係は

終わってしまったんだ


つづく

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話しは、前後するが

入院中、一度だけ、幼なじみが

面会に来た

 

後の印刷会社部長の彼だ

 

都立M病院の雰囲気

泣き叫ぶ、老婆

スチュエーション

衰退していた、俺

 

彼はドン引きだった

 

彼は、後に、あのときは

あっちの世界にいってしまい

もう、戻らないと思ったと

いっている

 

そして、新年会で

以下のようなことを、いった

 

再就職なんか絶対ムリ!

 

俺は、損害保険会社ベースが

基準なので、納得はできていない

 

つづく

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都立M病院は、当時建て替え前の

汚い病院だった、うすきみのわるい

それで、いっきに落ち込んだ

検査結果もわからなく、心細かった


俺は、半年、そこにいた

そして、衰退していった


検査がいっこうに進まないなか

お盆休みもあり、イラついた


なにより、そこにいた

ずっと、泣き叫んでいた老婆


叫び声をずっと聞かされ

ノイローゼになった

部屋にいき、なんどか

首をしめそうになったが

我にかえった


結局、検査の結果がないなか

手術することになり、成功した

右肺の3分の1を取った


つづく

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順調に過ごしてきて、3ヶ月くらい

もうじき、退院というときに

俺は血痰を吐いた

といっても、ちょっとした程度

それでも、レントゲンやら

MRIもやった

そしたら、肺に小さな影がある

検査のできるところに移りなさい

となった


もう、退院できると思っていたから

ドーハの悲劇どころの

ショックではなかった


俺は、都立M病院に転院することに

なった


そこは、新して、快適だった

S大付属烏山病院とは

180度違う環境だった


つづく

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入院中、ミックステープを聴いていた

バイリンガルの女性に、拒絶されるまで

 

それからは、マライアキャリーのベスト

を、ヘビーローテーションだった

 

なかでも、heroの歌詞は支えだった

 

hero

 

https://www.study-lyrics.com/entry/hero

 

紹介してあげた、友だちも、希望を持った

 

記憶が断片的だか

 

小田和正にハマった時期がある

ベストアルバム、自己ベスト

小田和正信者の女性にMDを借り

ずっと聴いていた

返してほしいといわれるまで

どの曲もストレートでときめいていた

 

ラブソングをエリと重ねていた

その歌詞について、エリのケータイに

公衆電話から話した、聴くように勧めた

 

後に、彼女は、怖くて、聴けなかったと

いっている

 

今回の入院は、彼女にとっても

インパクトがあったろう

 

つづく

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入院してから、葛藤のようものはなかった

むしろ、A型事業所に対する、いまの方が

葛藤がある

 

何度もいうが、精神病院、狂っていた記憶

だから、素直に、主治医の話しを聞き

投薬も受けていた

 

希望の持てる診察を受けていたと思う

そういう女医だった、損害保険会社まで

復活できたのは、色々あったけど

二人三脚のたまものだ

女医には、感謝している

 

アドラー心理学なんか知らなかったが

フロイトの、原因論とは違う

アドラー心理学でいう、目的論

を、実践していた

 

 

ある意味、脳天気だったからなのか

軽躁だったからなのか

 

いつも、モチベーションになっていたのは

 

もう一度、働きたい、もう一度

元に戻りたい、できるだけ、できるだけ

 

だから、やってこれた

 

でも、いまは違う

半分諦めかけた、再就職

 

どうやって、立て直していくか

明日のIさんとの面談しだいか

まさに、いま、目的論だ

 

つづく

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女医というだけで、容姿には触れない

お世話になった方だ

いまのベースを作ってくれた方

感謝している


クスリでコントロールするのが好きな

それに、よろこびすら、感じていた


再々発して、縁を切ったから

12年くらいのお付き合いだったろう


この方が、説明してくれたのだろう

躁鬱病の診断名に変わり

俺は、訳のわからないまま

病院内で、受け入れていった


俺は、素直だ

それに、精神病院と、狂っていた記憶

受け入れない、理由がない


病院での記憶が、ほぼない

しかし、これからが、忘れもしない

転院なんだ


つづく

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