私の突然の提案に、スタンダードな学ランを着ている少年は怪訝そうに首を傾げた。
まあ、いきなり見知らぬ女の子に「ちょっと手伝って?」と言われれば誰もが驚くだろうし、しかも何を手伝えばいいのかわからないのだから当然だ。
と、その時。
「っ、危ねえ!!」
「にゃっ!?」
押し倒された・・・・そう認識した直後に、複数の足音が付近を通り過ぎていった。
どうやら人が近づいてくるのを察知した少年が、見つかるのを阻止するために隠れようとしていたらしい。
でも、でもだ。
茂みの中で仰向けに倒れている女の子と、それに覆いかぶさるようになっている男の子。
「・・・・ねえ」
「あ、いや、あの、これはその」
この方程式が導き出す答えはただ1つ。
すなわち、「思いっきりビンタ」である。
「ごふぅ!!??」
季節は夏だというのに、少年は頬に綺麗な紅葉マークを浮かべてうずくまっている。
・・・・ちょっとやりすぎたかも知れない。
「いや、助けてくれたのはありがたいんだけどさ・・・・もうちょっと助け方を考えてほしかったよね」
「お、おう・・・・すまん・・・」
「まあ、私もやりすぎたし・・・立てる?」
「ああ・・・」
気を取り直した私達は、この場所に留まるのはまずいということで場所を移す事に。
森林地帯の中を見つからないように走りながら、私はこんなことを少年に尋ねた。
「ねえ・・・あんた黒軍でしょ?どうして1人でこんなとこに?」
「・・・色々あるんだよ。お前だって1人だろ」
「赤軍はそーゆーもんだから仕方ないの」
思えば、他の軍の学生と話すのはかなり久しぶりだ。
少しの沈黙の後、今度は黒軍の少年が私に尋ねてきた。
「で?手伝ってほしい事って何だよ」
「ほえ?」
「さっき言ってただろ、手伝ってほしいって」
少年に言われ、私は「ああ・・・」と頷く。
自分で頼んでおいてあれだけど、まさか聞き入れてくれるとは思ってもいなかったので、さすがに驚いた。
「ほら、白軍の連中いるじゃん、ここ。私白軍苦手だからどうにかしてここから離れたいんだけど、そーゆーのはどうも苦手でさ」
大体の事情を話し終えると、少年は少し考え込んだ後、
「・・・・なるほどな。別にいいぜ、手伝っても」
・・・・え、この人めちゃくちゃいい人じゃん。
全力ビンタをかました5分前の自分を許してほしい。
「・・・っと。とりあえずここに隠れるか」
少年が立ち止まったのは少し小さめの洞窟の前。
こんないかにも誰かが隠れてそうな洞窟なんてすぐに見つかるんじゃ・・・・とも思ったけど、少年はそんな私の疑問を察したのか、首を横に振った。
「こういうところだから見つかる心配が少ないんだよ」
少年が言うには、こういったわかりやすい場所だからこそ敵の油断を誘えるらしい。
「そんなもんなのかな?」
「そんなもんだ」
とはいえ安全そうなところに隠れたからもう安心、という訳にもいかず、洞窟の更に陰、岩場のところに身を潜めることにした。
「・・・ところで、お前他の赤軍の奴らはいいのか?別行動してるっつっても仲間なんだろ?」
「ん?ああ、大丈夫だよ。みんなそこそこ強いし」
それを聞くと、少年はふうん、と頷いた。
・・・・ところで、さっきからちょいちょい視界に入ってくる頬の紅葉マークが私の笑いを誘ってくる。
まあ私がやったんだけどね、うん。
ごめんね。
「・・・・で、お前がここから脱出する方法を考えなきゃいけない訳だけど」
私が笑いを堪えているのに気づいたのか、少年の口調がちょっと怒り気味だった。
だからごめんて。やりすぎたって。
「はあ・・・・やっぱ1番手っ取り早い方法でやるしかねえか。リスクは高いけど」
「1番手っ取り早い方法?」
「囮作戦、だよ」
*
「・・・・・妙だな」
同じく東京西部の森林地帯。
1人の少女が顎に手を当てて何かを考え込んでいた。
切り揃えられた純白の髪や、透き通るように輝く青い瞳のその少女は、端から見れば人形のようだ、という印象を与えてくる。
真っ白なブレザー・・・つまり白軍の制服を身に纏うその少女は、無線で誰かと連絡を取り始めた。
「戦闘が始まる前に確認された赤軍は4人、だったよな?」
『はい。先行部隊からの情報なので、まず間違いないかと』
「しかし今現在、確認されている赤軍の学生は3人・・・・後の1人はまだ見つかっていないのか?」
『・・・はい。我々も全力で捜索はしているのですが』
申し訳なさげな通信相手とは裏腹に、少女は薄く笑みを浮かべた。
「赤軍はコソコソと隠れながら戦うような連中ではない。となると答えは1つだろう?」
『・・・まさか』
「ああ、恐らく黒軍の学生が紛れ込んでいる。自らの居場所を察知させないこの手のやり方は奴らの常套手段だからな」
その後、通信相手にいくつかの指示を出していく少女。
そして彼女が通信を切ろうとするその直前、不意に通信相手がこんなことを彼女に言った。
『なぜそこまでして赤軍の学生に拘るのですか?』
予想外の質問だったのか、少女は少し考えてから、こう答える。
「色々あるんだ、僕にも」
それ以上は喋らなかった。
通信を切り、静寂に包まれる森林地帯の中、少女は誰にも聞こえないような小さい声で呟いた。
「・・・必ず見つける。君には聞きたい事も言いたい事も沢山あるんだからな、夏希」
*
「はっくしょん!!!」
「静かにしろよ」
作戦決行間際だと言うのに、依頼主である少女が思いっきりくしゃみをかました。
おいおいここ洞窟だからすげえ響いてんじゃねえかって今はそれどころではない。
岩の隙間から外の様子を伺う俺の後ろで、少女は間延びした声で言う。
「ふいー・・・誰かに噂でもされてんのかなあ?」
「知るか。それより俺が合図したら作戦開始だ。・・・・頼むから言った通りに動いてくれよ?」
俺が言うと、少女はこくりと頷いた。
・・・ぶっちゃけ、すごい心配。
でもまあ、ここに留まりすぎるのもそれはそれで危険な訳で。
「よし・・・・今だ、いけ!!」
作戦では俺が白軍の目を引いて、その隙に少女が思いっきり逃げる・・・という事になっていた。
シンプルすぎる作戦だが、それ故に成功率は最も高い。
「っ!!??」
最初の段階は成功。
接近していた白軍の学生達は、突然現れた俺に目を奪われる。
後はこの隙をついて少女が逃げるだけ。
完璧だった。
ここから失敗するなんてそりゃもう漫画とか小説とかでよくあるあのお約束展開しかないですよ。
そう思いながらも少し心配になって視線をちらっと少女の方に向けると、
「へにゃっ!??」
案の定というかなんというか、肝心の少女はちょっとした段差につまずいて綺麗にすってんころりん。
「アホかああああああああああああああ!!!!!お約束すぎるわ!!!!!!!」
もちろんそれを見逃すほど白軍の連中もバカではなく、俺達はあっと言う間に囲まれてしまった。
どうすんだこれおもっくそピンチじゃねえか。
俺がだらだらと冷や汗を流していると、どういう訳か赤軍の少女はニヤリと笑った。
「いい考えがあるよ」
「信用できない」
「うるさい!!いいから!!」
そう言うと赤軍の少女は、おもむろに空に指を差して叫んだ。
「ああーっ!!!!あんなところに超巨大赤べこがっ!!!!!!!!」
一瞬、本当に一瞬、俺の中で全てが止まった。
待て待て待て待てそんな小学生みたいなのに引っかかる奴がどこにいるってんだ・・・・、
「って引っかかってるし!!!マジか!!!!」
白軍の連中の視線は空に釘付けだった。
さすが東北人・・・・って今は感心している暇はない。
「くそっもう何でもいいよ!!!とにかく逃げるぞ!!!」
「わわっちょっと待って!!」
こうして、俺と赤軍の少女VS白軍の命がけの鬼ごっこが始まったのだった。
*
そして時は現在に戻る。
「まだ追っかけてきてるし・・・しつこいなあ!!!」
バラバラで逃げた方がいい、という黒軍の少年の提案に乗り、私達は別々に森林地帯を駆け回っていた。
私の本来の目的はここから脱出する事だったはずなんだけど・・・・ぶっちゃけここがどこかすらよくわからない状況なのだ。
こうなったら一緒に来てる安藤先輩やら蒲原先輩やらに連絡して助けて貰おうとも思ったのだが、こんな時に限って携帯電話は通じなかったりする。
私を追いかけてきている白軍の学生は見えた限りで5人。
2、3人程度なら私1人で倒せない事もないんだけど、さすがに5人はきつい。
率直に言って、ものすごくピンチなのだった。
しかもピンチは続く。
後ろからの追っ手はがりに気を取られていた私は、前方にまで注意を回せていなかったのだ。
「っ!??」
足元に何かある・・・と気づいた時には既に手遅れ。
「うわわわ!!??」
足元のトラップから発射された網のようなものに捕らえられた私は、そのまま地面に転がって身動きが取れなくなってしまった。
そんな状態の私に向かって歩いてきながら、声をかける1人の少女がいた。
「全く・・・こう何度も同じ手に引っかかるとは・・・君はアレか。バカなのか」
その声を聞いた途端に、私は自分の顔が青ざめていくのがわかった。
・・・・そういえばこのトラップ、昔も何回か引っかかったことあったっけ。
身体を動かせる範囲で恐る恐る声の主の方を向くと、そこには私の予想通りの人物がいた。
私が白軍と関わりたくない最大の理由となっているその少女が。
「久しぶりだね、夏希」
「ひ、久しぶり・・・奈緒」
切り揃えられた純白の髪も、透き通るような青い瞳も、男みたいな話し言葉も何1つ変わらない。
「秋風奈緒(あきかぜなお)」・・・私の昔の友達だった少女だ。
*続く*
主人公が3人揃いました!
白軍の主人公となるのは秋風奈緒という女の子です。
最後あたりでも触れている通り、夏希と奈緒は知り合いです。
じゃあなんで知り合いなのかっていうのはまたそのうち。
では、次回もお楽しみに!