それでも2人の病状は安定せず、良くなったり悪くなったりを繰り返している。
「ごめんね、莱花。迷惑ばっかりかけて・・・・」
そう悲しげに微笑んだお母さんは、不意に窓の外へと視線を移した。
「・・・・ねえ莱花、今頃・・・梨桜はどうしてると思う?」
梨桜。
私の双子の弟の名前だ。
「・・・・元気でいるんじゃないかな」
私がそう言うと、お母さんは「そうね」と呟いた。
確かに、私も気がかりではあった。
昔から内気で泣き虫だった梨桜は、今頃どんな事を思って生きているんだろう。
ガラスみたいに脆くて、でもそのくせかなりのお人好しだったから、きっと今も周りに心配をかけないようにと笑っているのかも知れない。
でも、たぶん誰もいないところで、1人で泣いているんだと思う。
(・・・・会いたいなぁ・・・)
そんな願いも確かにあるけれど、それはたぶん叶わない。
しばらく外の景色を眺めていたお母さんは、私の方に視線を戻した。
「今日はもう寝なさい。明日は学校でしょう?」
「・・・うん」
お母さんが入院し始めて、私も病院で寝泊まりをするようになった。
促されるままに、私は自分のベッドに入って、目を閉じる。
「おやすみなさい」
「おやすみ、莱花」
少しの寂しさはあるけれど、私はお母さんや楓といられるこの時間が大好きだった。
いつかお母さんも楓も良くなって、一緒に笑える日がくるといいな。
だけど。
*
「んぅ・・・・・・」
深夜、私は目を覚ました。
「・・・・トイレ」
起き上がると、お母さんが寝ているベッドの方からかすかに寝息が聞こえてくる。
トイレへ行くには、病室を出て少し歩かなくてはいけない。
そんな訳で、私は病室を出て歩き始めた。
深夜の病院はとても静かで、自分の足音が不気味なくらいにはっきりと聞こえてくる。
基本的にお化けとかそういうものにはあまり怖さを感じないけど、それでもやっぱり多少の恐怖感はつきまとう。
「・・・・・・・?」
黙々と歩いていた私は、近くにある給湯室・・・・看護婦達が休憩に使っている部屋から明かりが漏れていることに気がついた。
僅かだけど、話し声のような音も聞こえる。
もし、時間帯が昼頃だったら気にせずに通り過ぎていたのかも知れない。
でも、深夜に密閉された空間から聞こえてくる物音は、それだけで人間の好奇心を刺激する。
それは私も例外ではなく、興味本位で立ち止まって、看護婦達の話し声に聞き耳を立てる。
『ねえ・・・・聞いた?194号室の子のこと』
(・・・・・194号室?)
確か、楓の病室も194号室だったはずだ。
ということは、
(楓のこと、かな・・・・)
私が生んだ疑問に答えるように、2人で話していたもう片方の看護婦が少し沈んだ口調で答えた。
『楓ちゃんねえ・・・・・もうあと1年生きられるかどうかなんだってね。まだ小学生なのに、可哀想にねえ』
(・・・・・え?)
聞き間違いだと思った。
だけど、だけど。
『でもあの子、本当優しい子よね』
『お友達と話してる時はいっつも笑顔だものね』
『ほんと、可哀想に』
ただ、ただ、看護婦達の言葉が心に突き刺さる。
嘘だ、って言って欲しかった。
でも、きっと良くなるよって、そう言って欲しかった。
なのに。
『でも、こればっかりはどうしようもないわよね』
全てが、止まったような気がした。
(そんな・・・・・・)
その後の事は、覚えていない。
*
どんなに幸せでも、どんなに不幸でも、時間は平等に訪れ、そして去って行く。
楓とお母さんが入院して、もう半年の時間が過ぎていた。
楓はともかく、お母さんの入院がこんなに長引いているということは気がかりではあったけど、この頃の私はとにかく、目に見えて痩せ細っていく2人を励まそうと、必死だった。
「あのさ、莱花ちゃん」
その日、私は「屋上に行きたい」と言った楓を連れて、病院の屋上にいた。
「なに?」
車椅子に腰掛けている楓は、すごく辛くて苦しいはずなのに、それでも笑顔を絶やさなかった。
「莱花ちゃん・・・・最近顔色悪いよ?莱花ちゃんは優しいから、いつもこうして私とお話してくれるけど・・・・・無理しちゃだめだよ」
だから、
「・・・・・何、言ってんの」
だから。
「え?」
そんな風に笑っていられる楓が、遠く見えた。
「何言ってんのさ!!!無理をしてるのは楓でしょ!?辛いはずなのに、苦しいはずなのに!!!なんで・・・なんであんたは笑っていられるの!!??」
爆発した私の感情は、止まる事なく溢れていく。
「いつだってそうだよ・・・・もう、半年も生きられないんでしょ?なのに、なんで、そうやって笑ってるの・・・・?」
言葉の端々に、嗚咽が混ざっている。
視界が滲んで、近くにいるはずの楓の姿さえも霞んで見える。
そっか・・・・私、泣いてるんだ。
「なんで・・・・なんで、あんたはそんなに強いのよ・・・・」
ぼろぼろと涙をこぼす私に楓が向けたのは、怒りでも呆れでもなく、やっぱり笑顔だった。
「・・・・強くなんかないよ」
その声は弱々しくて、だけどとても真っ直ぐで。
「私ね、誰かが悲しんでる顔を見たくないんだ。だから、みんなが笑顔になれるように、せめて私だけはいつも笑顔でいようって」
だからね、と楓は続け、
「泣かないで、莱花ちゃん。莱花ちゃんは笑ってる時が1番可愛いんだから」
「・・・・・楓・・・・」
その後も、楓は私が泣き止むまでずっとそばにいてくれた。
もちろん、優しくてあったかい笑顔で。
しばらくして、楓が不意にこんなことを口にした。
「・・・私、今度大きな病院に入院することになったんだ」
「・・・・え?」
「ここの病院よりもっと設備のいいところで治療するんだって」
「・・・・それじゃ」
うん、と楓は頷いた。
「・・・莱花ちゃんと離れ離れになっちゃうね」
屋上に射し込む夕陽のせいかもしれないけど、その目には涙が溢れているように見えた。
初めて見た、楓の涙。
私は純粋にこう思った。
今度は私が楓を励ます番だ、って。
「・・・私、待ってるよ」
「・・・莱花ちゃん・・・・」
「楓の病気がよくなるまで、ずっと」
言いながら、私は小指を立てる。
「だから、約束。絶対に病気を治して、帰ってきて」
少し驚いていた楓は、ふっと微笑んで私と小指を絡めた。
「・・・うん、約束」
*
数日後。
「じゃあ、元気でね。莱花ちゃん」
「うん」
車に乗って去って行く楓に手を振りながら、私は静かに思う。
(・・・・頑張ってね、楓)
2人で交わした「約束」を、きっと私は忘れない。
*続く*
こんばんは、るかです!
久しぶりとなるサイレンプロジェクトの小説です。
以前も言ったかも知れませんが、ここで改めて「宵空ディストラスト」という楽曲について。
舞台は雲に覆われた夜空、主人公は1人の女の子です。
ディストラストという単語の意味は「疑う」とか「不信」とか。
つまり、主人公の女の子が人を信じられなくなってしまう…という話なんですね。
この回で2人の女の子が交わした「約束」。
この「約束」は、物語の終盤にも大きく関わってきます。
さてさて、この物語の主人公である莱花はこれから一体、どんなことを感じ、思い、そしてどういう人生を歩んでいくのでしょうか。
では、今回はこの辺で!