■木村
木村がマイケルのダンス踊ったりスーザンボイルに英語で話したりするの見て本当に勇気を貰った。木村はマイケルのダンスを断ることもできたのに、スーザンボイルに日本語で話すこともできたのに、自分の地位にあぐらをかくこともできたのに、それなのに、木村はマイケルを踊ったし、スーザンボイルに英語で話しかけた。
2009年の大晦日になっても、未だに僕らは37歳の木村にアイドルを求めているし、そのアイドルの木村が失敗するのを心の何処かで望んでいます。
つまり日本一失敗してはいけない人間、一方で日本一失敗を望まれている人間、その木村が敢えて、自ら、真正面から、すべてを理解した上で、失敗の可能性のある場所に飛び込んでいくのが本当にカッコ良いと思った。カッコ良いっていうか、強いなって思った。異常だなって思った。天下の木村すら失敗を恐れず挑戦して飛び込んでるのに、自分みたいなもんが何を失敗を恐れることがあるんだろうって木村の奇妙なマイケルの踊りを見て思った。
「ナンバーワンにならなくてもいい」。2010年になる30分前に木村はカメラ目線でそう言った。そう教えてくれた。皮肉でも、嫉妬でも、厭味でもなく、ありがとうって思った。
■病、独白
ここ数年、ブラのホックが全然外せない病気で悩んでいる。
こういうことを書くとまた冗談かと思われるかもしれないけど、また得意の切れ芸かと思われるかもしれないけど、真剣に深刻に思い詰めている。
完全に、絶対に、確実に外せない。恥ずかしい話、数年間、一度も外せたことがない。
最後に外せたのがいつだったか覚えていない。
電気付けて背中向いてもらっても外せない。
仮に一個目まぐれでいけても二個目が100パー外せない。二個目はまぐれが通用しない。
絶対に変な空気になる。
あれの仕組みが、トリックが、全然わからない。
どことどこがどうなってんのか全然、意味がわからない。
リュックサックみたいにワンタッチで上と下をつまめばパチンって開くようにしてほしい。
セシールもワコールもアホばっかか。
そこをスムーズに進行させるのが、お前らが仕事で一番輝く瞬間だろうが。
お前らが小さい頃からお勉強がんばって内申書気にしながらスポーツに励んで大学入って憧れの大企業に就職して、お客様にブラのホックをスムーズに外させた時、その瞬間、初めてお前らの人生のすべての苦労が報われるんだろうが。
一刻も早く、リュックサックみたいにしろ。
権八にて
お互い12時間後に死ぬ、という設定で呑み屋で女性と会話をしてたら途中から急に凄い泣けてきて感極まって最後は本当にお互い手を取り合って、今までありがとう、とか言って、ここは私が払うわ、とか言って伝票を取り合いして終電間際に店を出て、こっちが、最後の夜は一緒にどうのこうのって言った途端、女が急に険しい表情をして、「わたし成増なんでそろそろ」って言って駅に向かってテクテクと帰っていきました。一瞬何が起こったのか分かりませんでした。
「串の坊」という名の奇跡
新宿伊勢丹裏にある「串の坊」という串カツ屋が美味すぎました。
串カツなんて何処も同じだろうと思ってた自分が恥ずかしかった。
美味すぎて泣きそうになった。信じられない。
夢かと思った。夢であってくれと思った。
人間の仕業とは思えない味だった。
アポロが月に降り立って幾数年、人類はついにこの味に辿り着いたんだと思った。
串カツ1本1本を拝むように、時には話し掛けるように頂いた。
大切な人とまた来たいと思った。
例えばいつか自分に子供ができたなら、最初に串の坊を食べさせてあげたいと思った。
母乳よりも先に串の坊を口に入れてあげたいと思った。
最初の1か月は串の坊だけで育てたいと思った。
久しぶりに気分が高揚した。連れてきて下さったS氏に握手を求めた。
店を出てJR新宿駅まで「もろびとこぞりて」を歌いながら歩いた。
31歳
しばらくしてようやく会話を思い付いたのか、女が口を開く。
「それ、素敵な時計してるね、どこのやつ」
俺はタグホイヤーモナコの腕時計を左手首から外し、女の目の前にそっと置いて、こう言った。
「この時計はいつだって僕に時間を教えてくれるけど、
君はいつだって僕に時間を忘れさせてくれる」
女は小さく微笑んだ。俺は言葉を続けた。
「だからこんな時計、君の前では意味がない」
女は目を潤ませてポーチを手に取り下腹部を押さえながらパタパタと化粧室へと消えていった。
テーブルに残された時計の針は零時を回っていた。
俺は31になっていた。今年も酒に溺れながら年を食った。
ハッピーバースデー。
そう呟いて、俺はもう一度シャボーナポレオンに口づけをした。