31歳 | Not Found 第3章

31歳

大好きなシャボーナポレオンをダブル・ストレート・チェイサーなしで呑む俺の横で、女は退屈そうにグラスの氷を指でカラカラと回していた。
しばらくしてようやく会話を思い付いたのか、女が口を開く。
「それ、素敵な時計してるね、どこのやつ」
俺はタグホイヤーモナコの腕時計を左手首から外し、女の目の前にそっと置いて、こう言った。
「この時計はいつだって僕に時間を教えてくれるけど、
 君はいつだって僕に時間を忘れさせてくれる」
女は小さく微笑んだ。俺は言葉を続けた。
「だからこんな時計、君の前では意味がない」
女は目を潤ませてポーチを手に取り下腹部を押さえながらパタパタと化粧室へと消えていった。
テーブルに残された時計の針は零時を回っていた。
俺は31になっていた。今年も酒に溺れながら年を食った。
ハッピーバースデー。
そう呟いて、俺はもう一度シャボーナポレオンに口づけをした。