jun kobo cafe
今日は、少し前に存在を知った『jun kobo cafe』様に伺ってきました

場所は静岡県御殿場市に有ります。私のアトリエから近い場所なんですが、まだ伺った事が無く、まさに灯台下暗しといった感じでした![]()
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jun kobo cafe様は、あまり大々的に露出している感じのcafeではないので、本当に隠れ家的なcafeになります。
当然、辿り着くまでにも、変な所で曲がったり、車が一台しか通れない様な砂利道を通ったりと、周辺に詳しい方じゃないと不安になる要素が満載でした![]()
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細い砂利道を抜けると、視界が開けて小脇に綺麗な白いドアが現れます。そこがjun kobo cafe様になります。
隠れ家的なcafeは、何処も看板が非常に小さいです![]()
中に入ると、無垢材がふんだんに使われたスペースが暖かく迎え入れてくれます![]()
店内の画像をちょっとだけどうぞ![]()
私が伺った時間は14時半位だったんですが、店内には一組のお客様居ました。
オーナー様にお伺いした所、午前中は、主婦の方が多く、賑やかな感じで、私が伺った午後は、ゆっくりと時間を過ごしたい方がいらっしゃるそうです![]()
今回、私が注文した物は、オーナー様に薦めて頂いた金柑のタルトとコーヒーです![]()
ランチョンマットも、質感がオーガニックな感じで素敵です。
金柑のタルトです
全て、手間ひまかけた自家製です![]()
こちらは、コーヒーです。カップも心なしか柔らかなフォルムでした![]()
テーブル脇には、メニューが入れられた、箱が置いてあり、これも非常に素敵でした![]()
ケーキは、甘さも上品な優しい味でcafeの雰囲気にマッチした感じでした。非常に美味しく、おかわりをしたい気持ちになりましたが、最近の大量な甘味消費に軽く危機感を覚えている為に我慢をしました![]()
jun kobo cafe様は、非常に穏やかな時間を過ごすにはうってつけのcafeだと思うので、気になった方は、是非、行かれて見て下さい![]()
junkobo cafeのオーナー様のブログはこちらからどうぞ![]()
http://blog.goo.ne.jp/junkobosweets
住所が分かりにくいので、別で記しておきます
カーナビなどに入力下さい。
<Jun kobo cafe>
静岡県御殿場市川島田1698ー245
営業時間 10時~16時
open 木、金、土曜日の週3日
やっと見ました。
今日、先月に手に入れたマイケル・ジャクソンの『THis is it』をやっと見ました![]()
映像の見始めは、『あっマイケルが歌ってる
踊ってる
』と言う位の軽い気持ちだったんですが、映像が進むにつれて、エンターテイナーとしてのマイケル・ジャクソンと言う人間の真面目さが心に訴えて来る様になり、エンディングの頃には、イギリス
での最後の公演が実現されなかった事への落胆の気持ちに心を支配されていました
マイケル・ジャクソンは多くの賞賛の声や輝かしい栄光を多く持っていたアーティストである反面、お金や悪い噂が途切れる事の無いアーティストでもあった様に思います。しかし、彼が世の中に与えた影響力は、とてつもなく大きい物で、改めて偉大なヒーローを世の中は失ってしまったと感じる事の出来た作品でした![]()
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頂き物
先日、お客様から頂き物をしました![]()
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今回、頂いた物はこちら![]()
『おからクッキー白ゴマ』です![]()
このクッキーは、『りんねしゃ』と言う主力商品は、菊花せんこう
と言う物を扱っている会社の物みたいです![]()
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くださったお客様はcafeのオーナーご夫妻様で、散歩中
に、かなりヤバイ(どの様にヤバイのか聞くのを忘れてしまったんですが、たぶん素敵なお店と言う解釈で間違いは無いと思うんですが・・・![]()
)オーガニックショップを発見したそうで、そこで扱っていた物だそうです![]()
気になる味は、最初の一口目は、甘みが薄いと思ったんですが、クッキーはかなり、硬めに焼き上げられていて、噛めば噛むほど、素材の持つ味が溢れてくる感じで、3枚目辺りで甘みは十分だと感じる事が出来ました
cafeと言うご職業柄、普段からお洒落な物や素敵な物を沢山、見ている方なので見立てに間違いはありませんでした![]()
私は普段から、わりと甘い物を食べているんですが、そろそろ今回のクッキーの様な優しい味に目覚めても良い頃なのかもと考えてしまいました![]()
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生かされている
最近は、毎日どんなに忙しくても心の片隅に『自分は目には見えない多くの手によって生かされている』と言う思いが住み着いています。
毎日、色々な出来事が大きな波の様に押し寄せては消え、消えてはまた押し寄せて自分を見失う時があります。
そして、自分を見失った大きさに比例して、見えない手の存在を感じます。
その手は、とても温かく穏やかで優しさに満ちています。
人間は失った後に初めて失った物の大きさ、大切さを知るものだと私は思います。
この見えない手を失わない方法は、自分もまた誰かの見えない手になってあげる事だと私は考えます。
今、私は本当に多くの手によって生かされています。そしてこれからも、多くの手によって導かれて行くと信じています。










