今日も1日を楽しんでいますか?
つい、頑張ってしまって楽しむのを忘れがちだったSHIROです。
本題に入ります。
ありがとうを10万回言ってみたことがあるんです。
たくさん言ってみるといい、って聞いたことがありまして。
やってみたことがなかったと気づいたんですよ。
2年前のことです。
何日間かに分けて、少しずつ「ありがとう、ありがとう、ありがとう…」とカウントしていました。
念のため、一人でやっていました(笑)![]()
チャレンジしていることを周囲が迷惑そうかどうかは個別に判断したらよいと思います。
確か、3週間くらいかけたはずです。
どうなるんだろうなーー![]()
と何となくドキドキでした
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無事にありがとう10万回達成!そして…
あくまでも個人の体験の話ですが・・・
金色の涅槃像(涅槃仏?)が視えました
(三次元とは違う感じなので、見えている光景に重なる感じです)
(目がおかしくなったのとは違います)
それに追加して
ゴ~~~~~~ン
という立派なお寺?で聞けそうな鐘の音がしました。
(三次元世界の音ではありません)
変わったことと言えばそのくらいでしょうか。
(拍子抜けした方いらしたらすみません)
他に、10万回チャレンジをやってみて良かったと思うことがあります。
ぐるぐると考え事をしがちだったのが、そういった思考のノイズが減りました。
人間は一度にひとつのことしか考えられませんので、「ありがとう」を言っている時間は過去にも未来にも意識が行かないせいでしょう。
悩んだり、不安になっているのであれば「ありがとう」という言葉だけでも思ってみるのは良いかもしれないです。
このエピソードを書こうかどうか迷ったんです。
仏像が見えて鐘の音が聞こえただけじゃないですか![]()
サクッとオリジナル占いでカードを引いてみました。
愚者が出ているので、賢く見える話ではないけれど、OKが出ましたね![]()
仏像の話から、思い出したエピソードがあります。
「他力本願」の「他力」は「他人の力を借りる」ではなくて「自分の中にある仏様の力を借りる」という意味だといわれることがあるそうです。
辞書の意味とはちょっと違うんですが、堂々と仏様に助けを求められる生き方なら「助けてください」を求められますね。
アメリカでの出来事ですが、困窮して困り果てた女性が「子供と一緒に死のう」として子供を寝かしつけてガスの元栓をひねって一緒に死のうとしたことがあるそうなんです。
「このままでは子供が可哀そうだから」と思いつつ、子供を道連れにする自分に絶望しながら神様に真剣に祈っていたそうなんです。
どこからかキリスト教のラジオ番組の音声が聞こえてきて、神に導かれている気がしてガスの元栓を閉めて改めて翌日から頑張りだしたそうです。
(真剣に祈ったらうまくいく?というかお手上げで神様に委ねたので、内面にできた隙間に助けのエネルギーが入れたのかもしれません)
私はしつこいほど「バランスが大事」と言いますが、自分で頑張ることと見えない自分を超えた存在に委ねることは両輪のように必要じゃないかと改めて感じます。
私の「ありがとう10万回チャレンジ」は、自分の内側の仏性に少し触れたかもしれません♪
