イレッサ中止のあと、抗がん剤の点滴治療でした。点滴を始めて、体調をみて退院しました。

点滴治療は1ヵ月に1度、1週間の入院で治療する予定です。

お母さんは次の入院の前にはすでに体調がよくなくて、私もその時期は体調がよくなくお母さんにも感染する疑いがあり、病院に点滴に通いました。お母さんは親戚の人に送られました。その日はおばあちゃんの日帰り手術の日でもありました。あの時はごめんなさい。

結局、お母さんに点滴治療は合ってなかったらしく、次の治療を始める事になりました。

『タルセバ』という錠剤です。お母さんは錠剤の方が合うのが、食欲が出たりこの時の入院だけは私は泊まる事はありませんでした。

体調良好で、退院の見通しもついて前回は2ヵ月位かな、今回は1ヵ月半の入院でした。
最初の治療方法は『イレッサ』という錠剤で治すことでした。この薬は東洋人、禁煙の人、女性という項目が当てはまるほど効果があるそうです。

お母さんの病状は先生でもあまりみたことがなく、突然変異?で起こったようです。原発が見つからず、だけど肺がん。放射線をうつことも出来ず、手術もできず、ステージⅢと言われました。

イレッサの当てはまる項目が多かったお母さんに私は期待し、希望をもちました。結果、白い影はうっすらとなったのですが、副作用がでてきました。肝機能障害です。血液の値がよくなく、外に出る副作用だったらよかったのに、中に出てしまったため、1日おきとか服用してたけど、中止になりました。
ブログを書き始めた時お母さんの入院について書いてきたけど、病気についてちゃんと書いておこうと思いました。前書いた事とかぶりますが。


母は『肺がん』です。入院した時(2010/7)には先生から病状などを説明(忘れもしません7/17)してからですが、余命宣告されました。早くてお盆前遅くても年末と言われました。その時お父さんは海外出張だった為、私と叔母に説明してもらいました。

当然私は泣きじゃくりました。入院する前の日まで仕事をしていたお母さんが、いきなり余命宣告されるなんて。当然って言っていいのかな…母には言えませんでした。

お母さんは保険外交員をやっています。だから、診断書を貰った時にはバレてしまうって思いました。

でも、いつまででも言わないままだとダメだし、なので余命は言わず、病名やこれからの治療方針についてお母さんにいいました。


つづく