1年半以上更新せず、ここまできてしまいました。

最後の更新日、あの日母は亡くなりました。そして、あの東日本大震災、今でもあの日のことは忘れません。。隣町の陸前高田、大船渡、もの凄い被害を受けました。

今、生きていることを幸せに思い、母の為にも、母にちゃんとやってるぞ!!という姿をみせていこうと思ってます。
今、お母さんはベットの上で頑張ってます。

体力回復まで待ちましたが、あまり回復せず、レントゲンを撮った結果、今の状態で強行して点滴をするか、緩和治療にするか。


先生の話は、強行して、体調が良くなったとはあまり聞かない。0%ではない。緩和治療にした場合、もってあと1ヵ月と言われました。モルヒネなどを使って痛みをとってあげる。使ってよくなっても、抗がん剤は出来ないとのこと。


それを言われたのが昨日の7日。悩みに悩みました。少しでも、長く生きていて欲しいから、抗がん剤をするでも、耐えきれる体力がない。

緩和治療だと1ヵ月。先の見えることより、本音では抗がん剤をやってほしい。苦しんでるお母さんをみるのは辛いし泣いちゃいけないのに毎日泣いてる自分。

家族、お父さんは緩和にする事を決めました。その日は私だけお泊まりでした。夜7:30位、もう傷み、苦しさにもうダメだとナースコールを押し、痛み止の注射をしました。何の薬かと思い調べたら、『モルヒネ系』と書いてあった。
もう、痛みをとってあげる事がお母さんにとって1番なのかと。


注射してから2時間位は落ち着いたりして、寝たりもしたけど、すぐ切れるのか、痛いと言って。モルヒネだと朦朧としたり、でも返事はしてたよ。


8日の朝意識が薄れてた。薬でのせいでもあるけど、返事もしなくて。一旦モルヒネをストップして、意識があるときは、食べる、起きるって、こっちがいってお母さんが反応したり。少しでも返事をしてくれるのが嬉しかった。


今日は反応がないけど聞こえてると思うし、信じてる。頑張ってお母さん。


言葉がぐちゃぐちゃですみません。
イレッサを飲んでいるときは抜けなかった。タルセバの時には段々抜けてった。シャンプーの時もかなり抜けて、お母さんも、わかっていたけど、私はこうすれば大丈夫だよ~なんていって髪をセットしてあげた。

3回目の入院で、枕元についた髪の量をみて、その日に抜ける量がハンパじゃないって手紙がきました。

相当な覚悟をしたんだろう、遂に剃る事を決断しました。やっぱり髪の毛って女の人は大事だもんね。やっぱりウチのお母さんは強い人って思いました。尊敬します☆

帽子もカツラも買いましたよ。