ココハドコ? アタシハダレ? -23ページ目

ココハドコ? アタシハダレ?

自分が誰なのか、忘れないための備忘録または日記、のようなもの。

久しぶりに展覧会の情報を検索したら国立西洋美術館でピカソをやってた。知らなかった。ピカソの作品をまとめた展覧会というのを私は見たことがなかったので、一度くらいは見ておこうと思ったのと、私の好きなパウル・クレーやアンリ・マティスもかなりの数が展示されるとあって行ってきた。ほとんどの作品が撮影OKで、しかもピカソ中心の展覧会であれば当然混むだろうと思ったが平日のせいもあったか拍子抜けするくらいすいていた。時間をかけて撮影OKのほとんどすべてを撮影してしまった(笑

 

 

 

展覧会場に入る前に、まずロダンを見る。ゆっくり見るのは久しぶりだったが、やっぱりすごいなあとひとりで感動。日本の街頭で見る彫刻作品はだいたいが記念碑的なもので、「カレーの市民」のような悲劇をリアルに表現したものを見る機会はほとんどないように思う。

 

 

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会場に入ると中はこんな感じで、あまり混んでなかった。日本では印象派の人気が圧倒的でピカソは人気がないのだろうか?

 

(多色の帽子を被った女の頭部  ピカソ 1939年)

 

私は抽象画も嫌いではない。あれこれ考えても画家の意図をくみ取ることは難しい。だから出来上がった作品を見て「きれい」だとか「面白い」だとか色彩とフォルムから来る印象が自分にとって好ましいものかどうか、それだけでよいのだと思う。だからあまり考えないことにしているし、それゆえストレスも感じない。

ピカソは「抽象画なんてものはない」と言ったらしいが、これは逆説で、どんな絵画も創造の過程で何らかの抽象が行われており、言い換えればすべての絵画は抽象画と言っても間違いではないのである。だから、「抽象画はわからない」という人は具象画を見て何をわかったと思っているのだろうと一考してみるのもいいかもしれない。「絵をわかる」とは絵の何をわかる事なのか?

 

一目見て、「こんな絵を自分の部屋に飾りたい」、そう思えたら、それがきっと自分にとっての「いい絵」なのだろう。私の場合、そう思いながら絵を見ていることが多い。

 

  

(室内、エトルナ  マティス 1920年)

 

(青の風景  クレー 1917年)

 

パウル・クレーは私が最初に好きになった画家。中学時代、美術の教科書に出ていたと記憶する。深い光のない深海に金色に輝く魚が1匹。そんな絵だったと思うが、色彩の美しさが際立っていた。クレーの作品の一体どれが代表作とされているのか私は知らない。どれをとっても夢があり思わず微笑むような温かいユーモアがある。癒されるのである。今回の展示の中にはなかったが、まるで一筆書きのようなペン画がたくさんあってどれをとっても素晴らしい。

しかし、そんなクレーもナチスの弾圧にあっている。1937年の「退廃芸術展」でほかの表現派の芸術家やユダヤ人芸術家と並んで「退廃芸術」の烙印を押され、以後の芸術活動を禁止される。クレーはスイスのベルンに出国して創作を続けるが、ドイツで退廃芸術家として分類されていたためにスイスの市民権を得ることができず放浪に近い生活を送ったようである。

 

(広場 II  ジャコメッティ  1948-49年)

 

ピカソやマティスの作品が展示されている中に、ほんの数点だがアルベルト・ジャコメッティの作品が展示されていた。ジャコメッティの作品の実物を見るのは初めてで感想も言葉で表現できるほどはっきりとはしてこない。ロダン作品の苦悩と悲しみに満ちた「カレー市民」の顔を見た後だけに顔のないジャコメッティの作品は「彫刻」というより単に「オブジェ」と言いたくなるが、そんなものは言葉の遊びでしかないだろう。

 

ジャン=ポール・サルトルはジャコメッティの作品を表して「実存主義的」と言ったらしい。「実存主義」という哲学思想を正しく知ってるわけではないのでそれが何を意味してるか想像するより他ないのだが、たとえば1950年代から60年代にかけて、ジャン=リュック・ゴダールやミケランジェロ・アントニオーニの映画は「実存主義的」と言われていたように思う。それは大戦後の廃墟から急速に復興し、産業化する社会の中で、そこから取り残され疎外された人々を描くような作品に対して語られた言葉だった。

「実存主義」という言葉と「疎外」という言葉は当時ほとんど同じ文脈で頻繁に使われた言葉なのだが、時代の流れとともにほとんど使われなくなった。そういう意味では当時を知る世代としては「時代の臭い」をぷんぷんと感じさせる言葉で、ジャコメッティがサルトルの評をどのように受け止めたかは別として、そういう「時代の臭い」のする作品ではあると思う。

 

 

 

 

 

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パンデミックが始まって3年がすぎた。結構気にしていて感染しないように気をつけてきたつもりだったがとうとうやられてしまった。なんていうか3年の苦労が水の泡?みたいな気分でうんざりしている。

 

もう1週間以上前だが、やたら埃の多い建築の解体現場でこりゃたまらんと思ってたら、コホンコホンと軽い咳が出た。こんな場所で毎日仕事してたら絶対肺をやられる、そんなことを考えていたが仕事が終われば咳が出たことも忘れてしまった。次の日、違う現場だったがやはり咳が出た。夜になると喉の奥に痛みを感じ、咳がひどくなり、食事をする頃には熱が出てるようだった。体温を測ると37.0C。

とりあえず市販の風邪薬をのんで寝たが、翌朝も37.1C。会社に連絡をしたが金曜で現場が忙しい。私の代りになる余剰の人員がない。まだコロナと決定したわけではなかった。インフルかもしれないし、ただの風邪かもしれない。会社に言われるままに現場に向かった。

 

パンデミックになって実に面倒なのは発熱すると何が原因であれ「発熱外来」に行かねばならないことで、私のかかりつけではやってない。休憩時間に発熱外来をやってるクリニックを探したが予約が必要でどこも当日は無理っぽい。土日も休診が並び結局月曜を予約して、夕方抗原検査キットを買って帰った。
 

 

その検査の結果がこの写真。CとTに二本線が出ると陽性だが、Tのところが線が極端に薄く、出てるのか出てないのか。自分では判断に迷う。

月曜日、市立病院の発熱外来に行ってこの写真を見せると、医師はあっさり「あ、陽性ですね」と素っ気ないひとこと。PCR検査など新たな検査は何もなく、だからどんな変異株なのかもわからずじまい。ただただ自宅療養の注意事項やらなんやら。フェイスガードに2重マスク、その上やたら早口、窓は開けっ放しで車の音がうるさい、ソーシャルディスタンスであれこれ説明されても、こっちも「はあ、はあ」と頷くだけでほとんど右から左へテキトーに流れていく。
 

とりあえず理解できたのは
   「薬あるけど、のみますか?」
というのと、
   「あなたは65歳以上なので保健所から連絡がいくと思いますので、その指示に従って療養してください」
という2点くらい。

診察室を出ると看護婦から何枚も説明書きを渡された。家に帰って読むとそれだけで充分だった。

 

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そもそも今回のパンデミックの主役となったウイルスCovid-19には今のところ確立された治療法がない。だから発熱外来に行ったからと言って、特別何か治療行為を期待できるわけでなく、症状が治まるまでその場をどうしのぐか、その相談をするくらいが関の山。だから「薬あるけど」という言葉にはちょっと驚いた。処方された薬は「ラゲブリオ カプセル200mg」という。(下の写真)

 

 

この薬は国内ではまだ承認されてない薬で、外国ではすでに新型コロナ感染症の治療薬として用いられているものを、緊急の使用が必要な医薬品として厚生労働大臣が「特例承認」した薬なのだそうだ。日本の新薬承認の基準からみれば、有効性、安全、品質等の情報が未だ充分ではなく、副作用等のリスクもあるので、使用については同意書の提出が求められる。動物実験では催奇形性が認められているというから妊娠している女性は服用できない。ちょっと怖いことは怖い薬で、服用は5日間限定。

 

で、この原稿書いてる11月18日現在、薬が効いてるかと考えると、どうもそんな感じがしない。確かに熱は収まってるし咳もほとんど出ないのだが、服薬の時間が遅くなってちょっと間が開くと鼻水が出たり咳が出たりする。明日19日が最後の5日目になるが、薬が切れた後に不安が残る。病院で指示された外出自粛期間も終わるが、さてどうしよう??

 

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いや、どうするもこうするもホンネを言うと、すっかりなまけ癖がついて、月曜から仕事に出るのをためらってるだけで、もうちょっと遊んでいたい。遊びたいはいいが、薬が切れて病がぶり返したんじゃ話にならないので、とにもかくにも抗原検査をやってみて、陰性を確認しなければ始まらない。発症から完治までの期間というのはかなり個人差があってかかる人は3週間とか1か月という人もいるというから、楽観はできない。症状が軽くても後遺症が出る人もいるからこの病気は怖い。

 

検査は陰性でこのまま完治、会社にはあれこれ屁理屈言ってあと3、4日休みを延ばす。そういう作戦でいければ理想かも(笑

 

 

 

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実はCovid-19にやられて仕事を休んで自宅療養中。そのネタは後日として、ここ数日暇にあかせてCNNを呆けたように見ていた。アメリカ中間選挙の速報である。中間選挙は大統領の政治を採点する選挙でもあり、おおむね与党に不利。一見地味すぎるバイデン大統領の支持率低迷もあって民主大敗、共和党の「赤い波」に覆われるだろうという予想が多かったようだ。選挙前の世論調査ではインフレが最大の争点で、次いで女性の中絶の権利。共和党は燃料費の高騰を中心にインフレで与党民主党を攻めたが、民主党は政策で勝負をせずに民主主義の未来がかかっているのだとトランプ派と過激な保守主義を攻めた。この共和党内の分裂をついた形に共和党は対応できなかった。

 

バイデン大統領は地味だが老練な政治家で、大統領選ではトランプ氏が騒げば騒ぐほど自分が有利になると、自分の政策は語ってもほとんどトランプ氏を攻撃するようなことはしていない。常に冷静さを保つことでトランプ氏に対して自分を際立たせる姿勢を貫いていた。が、今回は全く逆で、大統領選の結果を受け入れないトランプ氏の支援を受けた選挙否定派に対して民主主義を亡ぼすものだと真っ向から批判している。さらに、女性の中絶の権利を擁護することで有権者登録で増えた女性票を獲得、環境問題や銃規制の問題でいわゆるZ世代も90%が民主党に票を入れたと言われている。

 

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さて、勝てる勝負をみすみすタイにに持ち込まれたような共和党で責任のなすりあいが始まっている。上院院内総務、ボスのミッチ・マコネル氏は「候補者の質が悪すぎた」と暗にトランプ前大統領が支援した候補を批判。それってボスの言うことか?と思うが、トランプに対してこの人は前々から距離をとって風見鶏を決め込んでいる。党の行方を決めるのは支持者であり、有権者であると語っていたように思う。

が、さすがにそのマコネル氏も今回は党をまとめきれなかったと強い批判にさらされ、長年勤めた院内総務の立場も危うい。老獪な古狸の顔で「私には票がある」とふてぶてしく言い放っている。「票」とはつまるところ「金」らしいのだがどうなるか、選挙後の共和党内の権力争い次第では党そのものが分裂しかねない。

 

これまで保守系メディアの代表格としてトランプ支持を打ち出していたFOXニュースと社主のルパート・マードック氏はフロリダ州知事選を圧勝したロン・デサンティス氏支持に早くも鞍替え、24年の大統領選は彼で決まり、「共和党の未来!」とぶち上げた。で、トランプ氏はデサンティス氏に立候補しないように脅しをかけたらしい。「君の知られたくない秘密を暴露しちゃうぞ」みたいなことを言ったと伝わっている。

今日は、そのトランプ氏が24年の大統領選に立候補を宣言。ずっとカンペを読み上げる体の盛り上がらない演説だった。当初予想されたように共和党圧勝ならこの時期大いに盛り上がっただろうが、もはや敗戦の責任を負わされそうな状況。立候補宣言は公私にわたるあれこれの疑惑に対する起訴逃れ説だけが有力視されている。

トランプ氏の影響力に陰りが見え始めているらしい。彼が支援した候補者の中でも20年の大統領選の結果をいまだに「盗まれた」と言ってる選挙否定派候補はほとんど敗退した。中で注目されたアリゾナの州知事選で「私が負けるとしたら、盗まれた時だけ」と堂々と公言していたキャリ・レイク候補。結局民主党の現職を相手にあえなく敗退。さて、盗まれた証拠集めでも始めているのだろうか?

上院選の最後に残ったジョージア州の議席が12月の決選投票に持ち越されている。共和党のハーシェル・ウォーカー候補もトランプ氏が支援しているが、女性の中絶に反対と公言しながら、過去に女性に金を渡して中絶させた事実を指摘されている。もちろん本人は否定しているが、「候補者の質が悪すぎた」というのはこんな候補があちこちにいたということだろう。

 

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本記事はほとんどTVで得た情報なので出典はなく、参考記事のリンクを下に貼っておく。

あしからず。

 

  「老いる日本とは決定的な差、米中間選挙でZ世代パワー炸裂」(JBpress)

  「「間違いなく裏目に出た」、米共和党の非難合戦が拡大 中間選挙の不振受け」(CNNco.jp)

  「デサンティス知事は「共和党の未来」、マードック氏傘下のメディアが報道」(CNN.co.jp)

  「トランプ氏、共和党の新星を「口撃」 知事選で大勝のデサンティス氏」(bbc.com)

  「米アリゾナ州知事選 民主党ホッブス氏が勝利、選挙否定派破る」(CNN.co.jp)

  「「コンドームしろよ」と息子に言われた候補者、選挙集会で手渡される」(news.yahoo.co.jp)

 

 

 

 

 

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