雨上がりの一瞬の晴れ間に、コスモスが逆光の中で揺れていた。好きな花は何かと聞かれたら、私はコスモスと答える。ピンクや赤、白のコスモスが乱れ咲く姿がいい。ただ乱れ咲く風景というのは撮るのが難しくて満足できたためしがない。(ま、私が下手なだけなんですが)
*****
子供が美しいものを見て感動するのは何歳くらいからなのだろう。
私の記憶はコスモスではなくパンジー。これ、三色すみれっていうんだよと、教えられてじっとその花を見入っていた。多分、「美しい」とか「きれい」という言葉も知らない歳だったと思う。鮮やかな黄色や紫の色彩や、柔らかな花びらの感触をじっと見つめて飽きなかった。カメラでいうならFF、ドアップで他に何も目に入らない、生まれて初めて出会う美しいものへの言葉にならない感動。
子供の頃はそんな感動を何回も味わったような気がしているのだが、一体、人はいつからそんな感動を失ってゆくのだろう?
歳を重ねるにつれて、感動するという事が少なくなってくるのは、見馴れた世界を見るだけで外の世界を見ない、相対的に世界が狭くなってるという事だろうか。そして歳を重ねるにつれて時間の過ぎゆく速度がどんどん速くなるのも同じことなのかもしれない。より広い世界へ。
好きな言葉は 「志・こころざし」