主人公の奈緒子は玄関で寝ている。
玄関でないと落ち着いて眠れないからだ。
最愛の恋人の加地君を失ってからー。




私は吉本ばななの作品が好きだ。
喪失感の奥に、希望がある、その作品が。


この話にも似たものを感じた。


喪失のあとの、再生の物語。


私も、再生していかなきゃ。



長く生きるのっていいなって。いろんな経験を積んで、少しずつ賢くなれるからって。

ちゃんとひとりで立てる人間同士が、それをわかった上でもたれあうからこそ、意味が生まれるんだ。



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洒落た人間になろう。
そのためには色々と興味があることを学ぶのだ。


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久しぶりにこちらを更新していこうと思うリボン



上司の通信を読んでいると、自分がそのとき、どういう状況で、なぜそれを思ったのか、記録に残すことがとても大事だと思うからだ。



さて、今読んでいるのは佐渡裕。


「僕はいかにして指揮者になったのか」
「僕が大人になったら」


である。


先日、職場でウエストサイドストーリーの話になり、また私の中でウエストサイドブームがやって来た。
(CDまで借りてしまった!)
そして、バーンスタインを調べているうちに、佐渡裕さんに繋がったのだ。


「僕は~」は二度目になるが、改めて目からウロコとなったし、「僕が大人になったら」は新鮮な事ばかりで、今の自分にも言い聞かせることが沢山書かれていた。


特に感銘を受けたのが、


“must”ではなく“want”に変えるのが僕の役目


というフレーズである。
オーケストラの団員の心をそう変えるために、指揮者が必要なのだと。


きっと、今の私にも当てはまる。


子どもの“must”を“want”に変えること


が、教師の使命だろう。
試験でもそう言ってやる‼



他にも、


音楽だけの音楽バカになるな


という言葉があった。


何も知らない子どもに音楽の楽しさを伝える。


これが私の使命だから、
また毎日尽力しよう、と思った。








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