冬空を 射抜いて届く 熱の粒
たくさんの うた響き合い 冬ひとつ
去年、といっても先月のある朝。滅多にない早起きをして、長距離バスに乗るために朝の街を進みました。ずんずん ずんずん 脚はまっすぐバス停に向かいながら、でも頭は 色んなことを考えていました。
疑いなく青い空に浮かぶ灰色の雲、その躍動と存在感は、その時むしろ主として見えました。(実は上の写真は、後日になって撮りました。比較的、その朝の空に近いと思ったのです。その時は、撮る余裕など無く自分に向き合っていました。バス停に向かった朝は、更に灰色の雲が強い空でした。……でも太陽の光は、まさにこの写真そのものでした。)
青と灰 共に抱く宇宙(そら) 凍える身
なぜひとつの宇宙に、そんなたくさん抱きしめられるんだろうか。疑問はこの身から緩みを無くします。私はその寒さに耐えてはいるけれど、悠然としているのではないのです。
冬空を 射抜いて届く 熱の粒
いつも歩くときはごく短い時間と距離のその道、なかなか終わらない長さに思えました。灰色の雲がそれでも少し動いて、太陽が顔を見せ始めました。刹那、明るさを感じて。その次に私の顔が、ほわりと温かくなりました。疑問の冷たさを緩ませる熱が、どんなに小さな粒でも、確かに私に届くのだ。この宇宙が私なのだ。だからそれでいい。
たくさんの うた響き合い 冬ひとつ
青の清らかさも、灰色の動的な存在も、響き合ってこそひとつの冬をつくるのだ。複数が共存した瞬間、これ程美しいものはないと思った。
たくさんの、ひとつ。
