なんだか元気のでない日もある。
ただそこにいるだけで、楽しい気持ちにさせてくれる、元気にしてくれる人っていうのはいるもので、今この瞬間、氏が求めるのはそういう人である。
しかしながらそれは稀有な人材であり、たまたま今日居合わせた的な幸運にめぐまれない時は自己解決をはからねばならない。
はたして何故今日はダウナー系なのか?
そこんとこ原因と因果関係をはっきりさせれば自ずと対応もみえてこよう。
まだまだ幼き頃、22時以降は深夜であると思っていたあの頃、その日はたまたま両親は出かけてしまい、祖母と一緒に留守番をしていた。
今はすでに他界した祖母であるが、当時から足が弱っており、一階の自分の部屋に閉じこもりがちな日々だった。
そんな祖母が珍しく階段をのぼり独り寂しくテレビを見ていた氏のもとにやってきた。
『さびしがってるかと思って』
そういって祖母は左隣に座り、一緒にテレビを見た。
しばらくして、こっちを向いた祖母が、氏の左手の甲を見て固まった。
凝視している祖母に、テレビに夢中になっていた氏も気づき、何事かと顔を向ける。
すると祖母はこんな話を聞かせてくれた。
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祖父の祖父のそのまた祖父、もう何代前かは定かではないが、父方の祖先に彦次郎という人がいた。
いわゆる町医者であり薬草の調合に長けた彦次郎は、自分が裕福でないながらも貧しき者には診察料を貰わず、というコトを貫き通した。
その姿勢から町の者からは大層好かれ、診察料代わりにと届けられる野菜が山を作るほどであったという。
しかし、それは起こった。
ある日、隣町との交通を格段にあげる計画であり、町をあげての大工事、山にトンネルを掘るという作業をしてる時に一人の男が不注意からか偶発的な事故からか、大怪我を負った。
もちろん唯一の医者である彦次郎がすぐさま呼ばれたが、そんな大きな外科手術したこともないし、ましてや設備すらない。
泣き叫ぶ親族たち。
その涙と声にならない嘆き声を聞いたとき、このまま放っておいても死ぬだけだ、一か八かやってみようと決心した。
必死の形相でメスを握り、額の汗が玉となったが拭わずに続ける。
数時間後、涙を堪えきれず泣き顔で彦次郎は部屋から出てきた。
『ダメでした。全力は尽くしたのですが、もうしわけありません』
遺族となった男の親族が涙ながらに部屋の中へと駆けていく。
赤にそまッた部屋の中央、台の上には変わり果てたどす黒い肉片、男の姿があった。
全身を血に染め真っ赤な彦次郎を指差し、充血した真っ赤な瞳の真っ青な顔した彼らは叫んだ。
『お、お前は人殺しだ!絶対に許さないからな!!』
その言葉を聞くや否や、彦次郎は診察所を飛び出していった。
「なぜ?自分は全力をつくし助けようとしただけなのに」
彦次郎は恨んだ。自分の力のなさを。
そして、右手に握ったメスで左手を突きまくった。
もし、自分に外科技術があれば、男を救うことができたのに。
赤い涙を流し、左手をめった刺しにした後、彦次郎は放心していた。
何時間たっただろうか、放心していたその眼に力が宿り、その炎はやはり恨みだった。
彦次郎は恨んでいた。自分を指差し『許さない』といった連中を。
もともと大手術の経験もなく、設備もない、そんな状況下でも助けたい一心で踏み切った自分にたいし、『人殺し』だと?『許さない』のならそれで構わない、自分もお前らを許さないだろう。
そう独り呟いた彦次郎はそのまま海に身を投げ自殺した。
数日後浜辺に打ち上げられた彦次郎の死体を見つけた町の者は、まず左手の凄惨な状況に驚き、その死に顔の恐ろしいまでの怒りの形相にさらに驚いたという。
その日が旧暦で4月18日、つまり5月20日である。
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そこまで祖母が話したとき、何故祖母が自分の左手を見て固まっていたのかを理解した。
生まれつき氏の左手の甲には____
と、まぁここまで作り話を続けてきたけど、どー考えても二日酔いだなぁ。