2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 シチリア自治州

パレルモ・セントラル・レールウェイ・ステーション近く

 

海軍提督の橋(Ponte dell'Ammiraglio)

公園内ベンチ

ーーーーーーーーーーーーーーーー13:41

 

 

「これじゃもうメッシーナ海峡の鉄道航走線には乗れねえなぁ………。悲しいわ」

 

「ほんっと重ちゃんはマイペースだね。この子は、命を狙われてるんだよ?」

 

 

「そうとは限らないだろう。さっきの奴は引き渡せって言ってきただけだ。金で片付けてもいいとも言ってきた。お前が騒ぐからみんな逃げたんだろうが」

 

「………なんにしろ、刃物を出す人を信用できる?とにかくここを離れましょう。この子は約束通り、私がリカーディまで連れて行く」

 

 

「………どうやって」

 

「個人の漁船を買収する」

 

 

「………。由加、お前も。すげえことを考えるなぁ」

 

「もちろんお金は好きだけれど、今はそれだけで動いているわけじゃない。子供がママに会いたがってる。そりゃ会わすよ」

 

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 シチリア自治州

パレルモ県 バゲリーア

漁港

ーーーーーーーーーーーーーーーー15:53

 

 

【リカーディへって?………ダメダメ、それは漁協で禁じられてる 】

 

【お礼はしますので】

 

 

【お前ら………?チャイニーズか?何を運ぶんだ。コルレオーネ家と取引でもしたのか(笑) 】

 

【私達は日本人です 】

 

 

【ジャパニーズ?いやでもダメ、ダメ。悪いことするやついるからな。漁協では人命に関わらない限り、向こう岸に船をつけてはダメだと決まっている。諦めな 】

 

【そのような取り決めではなく、今日は金貨でお話ができませんか? 】

 

 

【はは。何だ。元(げん)でも出すか?いやしかし、たことえドルでも俺は話には乗らない 】

 

【バプテスマの聖ヨハネでは? 】

 

 

【 ………?フローリン金貨だな………。何枚ある? 】

 

【 船のガソリン一年分】

 

 

【 乗れ。チャイニーズ。チャイニーズにメッシーナの渦潮を見せてやろうと思って船を出したら、身体の不調を訴えてきた。外国人の命を守るため、領事館への義務を果たすため、リカーディ沖に停泊した。そういうこった】

 

【 ………だから、ジャパニーズですって。 てか漁船で渦潮なんて見に行けるわけがないと思うんですが】

 

【 コリアンでもなんでもいいよ。そこに見分けがついているイタリア人の方が少ないって。お前らはアフリカ54カ国に住んでる黒人の見分けがつくか? 】

 

「まあ………いいよ。おっちゃん。頼んます」

 

 

 

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「さっきまでが嘘みたいなのどかさだなぁ」

 

「重ちゃんものどかな性格してるよね」

 

 

突然電話の様なベルが鳴る。

漁師のエリクは船内に入って行った。

【ん?珍しいな………無線だ。漁協だ。失礼する 】

 

 

「いやー。しかし、お金っていいなぁ。この世で唯一の魔法。何でもできるわ」

 

「重ちゃんの好きな不死も買えるの?」

 

 

「こんだけ世界は広いんだ。どっかで売ってるだろ」

 

【 ………本当にずっとずっと生きてみたい? 】

 

 

「なんだ。カリーナはなんだって?」

 

「ずっと生きてどうするんだって」

 

 

「いや………ずっと先の未来とか見てみたいじゃない」

 

【 (………ずっとずっと、誰かを憎みたいの?) 】

 

 

【 ………あ、エリクさん。何だったの。大丈夫? 】

 

【 ただの業務連絡だ 】

 

 

【 ………て。ん?ちょっと待って、エリクさん?ここは指定した砂浜じゃない。漁港じゃん。約束が違う! 】

 

【 ………どこでも一緒だ。漁協に圧力をかけてくる輩なんざ相当だ。遅かれ早かれだった。後はお前らで切り抜けろ。ったく。何を密輸する気だったんだ】

 

 

 

小さな漁港の桟橋の手前で、光に反射する紺のスーツを着た背の高い男が立っていた。四十代だろうか、まだ若々しく、スーツの上からでも体格の良さが分かる。

 

 

黒とブロンドが綺麗に混じった長い髪を後ろに結び、お団子を作っている。

もみあげから顎までは薄くヒゲを蓄え、大きなかぎ鼻を持っていた。

 

 

目は、微笑してつむったまま、眼球は全く見えなかった。

 

 

そしてその後ろには、真っ白な襟の下に袖の長い黒の修道服を着た、数人の修道士たちがじっと重たちを見つめていた。

 

 

 スーツの男が言う。

【 カリーナ・アザロ。悪い子だ 】

 

 

 

 

(つづく)