戦国の世、ある小さな村に若い娘が嫁いできた。
相手の旦那は歳はとっていたが毎日、畑でクワをふるっている。
嫁も身体が強い方ではなかったが、毎日わらじを編んで生計を助けた。
ある日、嫁はわらじを市に売りに行った。
だが少し帰りが遅かった。
旦那は心配して市に探しに行こうとした。
するとその時、家の裏林で嫁の頭巾が動いているのを見つけた。
旦那は名前を呼びながら走っていった。
すると嫁はキノコを採っていた。
そういえば彼らの食卓はキノコが多い。
嫁は微笑しながら、その辺に生えていたキノコの事を語りだした。
旦那はすぐにわかった。嫁はキノコが大好きなのだと。
その夜、囲炉裏を囲んだ夫妻は久しぶりの酒を飲んだ。
旦那は言った。もうわらじは編まなくていい。キノコを採って売りに行きなさいと。
でも嫁はそれがたいした金にならないのを分かっていた。
キノコは大好きだが、それだけでは食ってはいけないと旦那に言おうとした。
でも旦那は採ってきなさいとだけ言ってゴロンと横になって眠ってしまった。
嫁はしばらくの間だけ暮らしていけるかどうか、やってみようと思った。
それから時間がたったが、彼らはほんの少しの米と山菜とキノコしか食べていなかった。
でも旦那は毎晩聞いた。このキノコは何と言うのかと。
嫁は本当に楽しそうに旦那に教えた。
でも嫁は旦那が畑を倍に増やして頑張っていることも知っていた。
だからこそ
嫁は旦那が自分の穴を埋めていることを聞かなかった。
旦那は嫁が生き生きとしているから、生きていて嬉しいのだから。
それを痛いほど嫁は感じていた。
嫁はキノコを採る時、喜々としているだけではない。泣いたりもするのだ。
大好きな美味しいキノコを採れる事の嬉しさ。
いつも嫁が生き生きとしていることの嬉しさ。
いびつ、かもしれない。
彼らの食える米の量は増えないかも知れない。
今夜も旦那はまた囲炉裏の側でゴロンと横になって眠ってしまった。
嫁は鍋に残った一番大好きなキノコをほうばった。
旦那がそれをわざと残したことを知りながら。
その日はゴロンと横になっている旦那にピッタリとくっついて嫁は眠った。
夢では旦那とキノコと嫁が手を繋いでいた。
夫妻は数年後、子を授かった。
名は希納子と名付けた。
希望を心に納めて生きる子になりますようにと。
旦那は今日もクワをふる。
家に帰れば二人のキノコがいる。
米は少ないが、本当に幸せな家族だった。
(2017/07/28 - 2025/08/11再編)