桃華も1歳になったか。
一番かわいい時だ。
でも妻は韓流ドラマばかり見てる。
最初の子をお産で亡くしたのだ。
また子を授かったが、妻は悲しみから逃れられていない。
「失った」というとても強い感情が、妻を無感覚にしている。
だから新しい命に触れられない。怖いのだ。
もしまた心を解き放って抱きしめた存在が居なくなると………。
妻は韓流ドラマの好きな場面を巻き戻して観て。
また巻き戻してまた観て。それをずっと繰り返している。
僕は妻を責めない。育児放棄を咎めない。
いくら「授かって」も「失う」ことは人間を壊してしまうことがある。
彼女の傷が癒えるまでは僕とベビーシッターでフォローしていく。
………だけど妻よ。僕の身体はどこも痛まなかった。
だけど心は引き裂かれたよ。僕は今、桃華がいるから精神を保ってる。
でもそれも………薄氷を踏む思いだ。
ある日、帰宅すると珍しく妻が桃華をあやしてた。
僕は後ろから声をかけた。
「疲れてない?」
「………分かってるんだけど、私がひつこく観るから覚えたんだろうけど………だろうけど………」
妻は泣いていた。
僕はよくわからなかったが、妻を後ろから抱きしめた。
その時、桃華と目が合った。桃華は産まれて初めて喋った。
「まタあえラェ」
妻が韓流ドラマを見過ぎたからだ。
好きなシーンの、セリフのひとつだった。
でも確かに桃華は言った。
「また会えたね」
それが偶然であり、その理由もわかってる。
だけど僕ら夫婦の黒くて大きなダムは壊れてしまった。
妻は言った。
「おかえり、また会えたね」
桃華はキャッキャと笑った。
(2025/07/08加筆)