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(介護・オブ・ザ・ヴァンパイア(第17話/分からなくなる)

 


 

午後、博士は女ヴァンパイアの髪を洗っていた。

「ヴァンパイアは髪が伸びないのだな」

 

 

「………今朝ね、隣の家に新しい訪問介護さんが入ったのよ。私はその人の心をずーっと読んでたの。そして私がされている事を考えてみたの。今から一切、読心術をしないから自分の思う通りに答えてみて」

 

 

「いいぞ」

「介護って何?」

「身体や精神の不自由な人を、その障害の程度によって介助する事だ」

 

 

「いかにも博士らしいわね。教科書通りって感じ」

「介護職は人離れが激しい。作業的にもきつい。できる限り自分でさせる事が大切だ。ある程度の自立も促さねばならない」

「貴方はそういう現実的な、機械的な考えしかできない。弱っている者に対しては家族の様に大切にするけど通常時は機械みたい」

 

 

「毎日の単純作業だ。薬の事も考えねばならない。そんな風にもなる」

「スキ、キライ、カナシイ、ウレシイ」

「何だ?」

 

 

「ヴァンパイアにだって人間にだってそういう『感情』がある。博士は人形の髪を洗っているんじゃないわ。生きている、話せる、または話せなくても気持ちを表現したい、そういう人達の髪を洗っているのよ」

「私だって流れ作業のつもりで介護をしている訳じゃない」

 

「多分………。博士は娘さんの身体の介護を完璧にやった。それこそプロ並みにね………。でも心のケアはしたのかしら」

「………」

 

「お隣の訪問介護さん。博士程の介護はしていない。だけど介助をしながらずっと喋っている。内容なんてどうでもいい事。でもわかる?訪問介護さんはずっと診ている。何を?」

「健康状態だろう」

 

 

「………博士ってほんとバカね。訪問介護さんはずっと相手の心を診ているのよ。読心術じゃないわ。お隣は独り身のお婆さんよ。どれほど孤独か。娘くらいのおばちゃんと世間話するのがどれほど楽しいか。訪問介護さんは心と身体、両方を診ているの」

「………そうか」

 

 

「まあ博士はプロになる訳でもないし私も別に今のままでいいけど………。博士は前に『娘の介護をしっかりやれなかった』って言った。その答えはこれじゃないかしら」

「………そうだな。私の機械の様な介護では娘は悲しかっただろうな。いつも無言だった。心が全く寄り添えてなかった」

 

 

 

女ヴァンパイアは眠くなったようだった。

 

 


「………………ねえ」


「何だ」


「もし私が私のことを分からなくなったら、どうする?」

 

 

「ヴァンパイアに認知症があるとは思えんが」

「………どうする?」

「どうもせん。最後まで面倒をみるだけだ」

 

 

「それは無理。私は不老不死。貴方は最後まで私を面倒見ることはできない。………ましてや貴方は博士でしょう。何らかの研究で根本的に治す方法を模索するはず。

 

でももし私たちが一般人なら?私は老いて人間のように認知症やアルツハイマーになって、あなたは研究なんてない、ただのおじさん」

「俗にいう介護疲れを言いたいのか」

 

 

「………私が私でなくなってその上、胃ろうにでもなったらどうするの………………」

「難しい言葉を知っているな。それでも面倒をみる」

 

 

「………どうして?………私はもう死んでるのと変わらな………」

「それでもだ」

 

言い終わる前に女ヴァンパイアはまた眠りに落ちていた。

全く。こいつは。清拭の前に。





博士は不思議に思っていることがあった。



少年ヴァンパイアが言っていた。

 

『エゴじゃないの?』

 

『ヴァンパイアは誰も助けない。博士の所の女ヴァンパイアさんは全身不随でしょう。本当に生きる事を望んでいるの?それは博士のエゴではないの?』

 

 

先日、女ヴァンパイアの指先は確かに少しだけピクッと動いた。

博士はそれを死に対する生の宣戦布告だと受け止めた。

 

 

………だが?

 

 

女子高生ヴァンパイアが言っていた。

 

『時代に脅迫される』

 

『私は126歳です。それなのに女子高生くらいの見栄えでずっと生きていく事がどれだけ大変な事か。貴方達には分からないでしょう。どんなに悲しいかも………』

 

これは博士も想像がつかない訳でもない。

わらじがピンヒールに変わる。モンペがタイトスカートになる。言葉遣いも変わってゆく。常識も慣習も。

 

そこにはそれでも生き続ければならないヴァンパイア独特の悲しさがあるのだろう。



だがしかし、



『ヴァンパイアは誰も助けない』

『一生処女なのですよね』



 これが博士には分からない。

 

 

何故、助け合わないのか。何故、同種族で交配しないのか。

 

バラバラではなくコミュニティを作れば時代とのマッチングも血液の調達も容易になる。出産や子育ても円滑に進む。

 

何故群れない?博士は初めから不思議だった。何故、群れないのか?

 

 

女ヴァンパイアは夕方に目を覚ましたがTY-13の作用でまだ眠そうだった。

「………。もう一度、眠る前に聞いていいか」

女ヴァンパイアの目は閉じていた。

「なぁに?」

 

 

「ずっと疑問に思っていたのだが………。お前達ヴァンパイアは何故、群れない?」

「私はその事について悲しい思い出がある。………だからお願い、それは他のヴァンパイアから聞いて」

 

 

女ヴァンパイアは涙を流しながらまた眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

(つづく)