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介護・オブ・ザ・ヴァンパイア(第03話/夜の世界)

 

そして全身不随の女ヴァンパイアと、天才博士との介護 兼 実験の不思議な生活が始まった。

 

 

女ヴァンパイアは地下研究室の隅のベッドから言った。

「おっさん。なぁ、おっさん」

「何だ」

「もう4週間、飲んでないんだけど。干からびちまうよ」

 

「お前な、血液を集めるのは結構大変なのだぞ。金には困っとらんけどな。個人間の血液の売買は違法だ。

 

だから今は3人の不良看護師から裏ルートで買っている。しかし在庫がない時もあるのだ。我慢しろ。というか逆にお前の血液を貰わんと研究にならん」

 

 

「はぁ………。死ねない地獄。こないだ飲んだ動けない婆さん。こんな感じだったかぁ」

 

 

「おい、清拭(せいしき)するぞ」

「………。何それ?」

「不潔なまま置いてはおけん。お前らが大の排泄をしない事は分かった。しかし服を脱がして身体を温水に浸した布で拭く。それはしなければならない」

 

 

「………え?ええ?私、一応女の子なんですけど………」

「娘も動けなかったからな。私がしていた。時間はかからん」

「………。ごめんなさい。嫌です。勘弁してください。私、動けないのに。身体中さわるとか。無理です」

 

 

博士はそんな事なぞ聞いてなかった。

「ヴァンパイアでもブラは着けるのだな。当たり前か。というか………。お前すごくいい匂いがするな。香水じゃない。性フェロモンってやつか。あ、私は博士であり医者だからな。女の身体は見飽きている」

 

 

女ヴァンパイアはずっと目をつむっていた。顔は真っ赤だった。

胸は勿論、腰の付近まで拭かれた。しかし逆らえない。

 

 

「まあお前も女だからな。今日は下の処理はしない。だけど次からはするからな。じゃあ歯磨きするぞ。………やっぱ犬歯長いな。ここから脳の報酬系を分泌するのだな。えーと爪は………。これは触らんほうが良さそうだな。綺麗に整っている。ようし、頭洗うぞ。下に容器を置くからな。目が痛かったら言え。お湯、熱くないか?」

 

 

女ヴァンパイアは涙が出た。情けない。こんな屈辱は初めてだ。

この家に入った事を後悔するばかりだ。誰だ。このおっさん。動けないのに。

好き勝手やりやがって。

 

 

………しかし女ヴァンパイアはふと、子供の頃のお風呂を思い出した。

 

 

3か月が経った。身体は一週間に一度、拭かれる。

担架に移し替えられベッドのシーツ取り替えられる。

そして毎日、歯磨き。洗髪。慣れた。

しかしたまに涙がでる。

 

 

「………お前が辛いのはよく分かる。私の娘も動けなかったからな。そしてお前が言う様に私はお前を娘に重ねている部分もある。しかし私は誰かを助ける為に存在していると考え生きている。それが今回はヴァンパイアだっただけだ」

 

 

ある夜、ヴァンパイアは腹痛で目がさめた。

そして下半身を見て、ため息をついた。

下腹部の辺りのシーツが赤く小さく染まっていた。こんなもの必要ないのに。

 

ここに来てから泣いてばかりだ。

博士は隣で床に敷いた担架の上でいびきをかいていた。

しかしこの博士は女ヴァンパイアが泣いているのを決して見逃さない。

 

 

「ん………。ん。何時だ?三時か」

博士はちらっとシーツの赤く小さく染まった部分を見た。

女ヴァンパイアは一生懸命、目をつむっていた。

「まだ寒いな。もう春だというのに。毛布かけといてやるからな」

博士は女ヴァンパイアに毛布をかけた。それは室温からすると必要のないものだった。

 

 

夜にだけ開く天窓の星空は美しかった。

ヴァンパイア達は誰もが夜の美しさを知っている。

 

それは人間達が到底感じる事ができない程、美しい。

星と月と、そして雨粒さえも………。ひときわ輝いている。

陽を捨てた彼らにとって、それらは宝石の様だった。

 

彼らが永遠を生きていける理由のひとつは、この夜の美しさを知っているからだ。

しかしこの女ヴァンパイアはその蒼い夜の美しさとは別に………。

太陽に近い優しさを感じていた。

それは朝、赤く小さく染まったシーツが取り替えられていたからだ。

 

 

博士はまだ担架の上でいびきをかいていた。

 

 

 

 

 

(つづく)