♪守りもいやがる 盆から先にゃ
雪もちらつくし 子も泣くし
盆がきたとて なにうれしかろ
かたびらはなし おびはなし………♪
………あれから。
あたしは死んだか。
瞼の裏が赤い。
生暖かい風が頬を撫でる。
身体がじわっと溶けてゆく。
そしてたくさんの虫の声が___。
私は京香姉ぇに殺されたのか。
早苗は姉様方に殺されたのか。
何が残っただろうか。
黒身はこれからも恐怖に怯え、やみくもに人間たちを殺すだろうか。
人間もこれまで通り恐怖に怯え、無慈悲に黒身(こくしん)を殺すだろうか。
そして復讐、恐怖、そしてまた絶望………。
どこにも正解がない。
世界中で心が割れる。
宗教も国もひとつの生き物でさえも。
早苗。
子供の為に死ぬのなら、子供の心が死んでゆくだけ。
黒身妖。
一族の為に殺すのなら、一族の心が死んでゆくだけ。
大地のじっちゃん。
怖い者に怖い思いをさせて、何が生まれるの?
ばっちゃん。
私はこの箱を壊すことはできなかったよ。
そして京香姉ぇ。
ごめんね、あたしは家族失格だ。
京香姉ぇが間違っているとは思っていない。
でも、ずっとずっと許してくれないよね。
ああ、死ぬ時はこんな感じか。
心がすーっと抜けてゆく。
透明な背伸びをする。
頭の中の粒が、小さな粒が、溶けてゆく………。
夏が終わる………。
「美香、美香」
「………ヤス?」
「早苗が来た。起きろよ」
瞼の裏が赤い。
生暖かい風が頬を撫でてゆく。
たくさんの虫は………蝉か。
目を開いたらまた、あの暑苦しい街がいいな。
つまらない仕事でブラックで、毎日満員電車で突っ立って眠る。
ストレスの行き着く先はお酒。貯金もできない。
ダメな男を好きになって、失敗して、里に帰る。
あっと言う間に老眼鏡。
でもそれが普通。何でもない人生。
「おい」
きれいな声。
つんとしているけど、心地よい声。
「来たぞ。誘ったのはお前だろうが。何故、寝ている?」
「ああ、ごめん。………早苗はダメだね。妊婦は日傘をさすんだよ」
「お前らとは違う」
「じゃあ連れて行かない。黒身にベビー用品は必要ないでしょ」
「…‥‥。…‥‥。どこに売っている?」
青く突き抜けたお空に青い稲穂がゆらゆらゆらゆら。
香ばしい命の香りがする。
これは夢か現実か。
分からない。
でもあの時、京香姉ぇの刃を握った自分は、この未来が選べた事も確かだ。
どうかここでは、誰も恐れず、誰も涙せず、悲しい箱が無くなれば………。
「おい、赤ん坊の玩具って何だ?」
「母と子を繋ぐものだよ」
「お前はいつもハッキリ言わない」
「早苗が人間赤ちゃんの店に行きまーーーーーーす!!」
「ちが!!………」
赤いトラクターが走る田舎道。
黒い日傘の妊婦たちが駅へと向かう。
無人駅のベンチには小さな箱が置かれていた。
その白い底には砂粒ひとつ入っていなかった。
きっと、そこにはどんなものでも入るだろう。
命はそこから始まる。
私たちはそっと、蓋を開けた。
♪はよも行きたや この在所こえて
向こうに見えるは 親の家
向こうに見えるは 親の家
(終わり)
読んで頂き、ありがとうございました。