「おい。おい。起きろ」
頭痛を通り越した麻痺感が、痺れがある。
尖った音が波状となって襲ってくる。
酷く高い音。高い音。壊れた音。
目の奥がツンとして、熱い湯が鼻から流れるよう。
視界が赤い、視界が黒い。
これは痛み?
血?
屋白美香は?ハリガネムシは??
「お前は医師か?」
人語が出てこない。
何だ?何が起きている?
矢継ぎ早に襲ってくる状況に、我は混乱している。
「母はどこだ。次は死んでも知らないよ」
殴られたか?
ここは都会の病院。
夜だ?
美香にハリガネムシを抜かれた。
そこから逃げてきた??
この人間は………ギブス?
屋白京香?
「お前らは弱いね。足も遅い。消火器を持って待ち伏せするだけで殺せる」
「ぎ、ぎ、我は黒氏盆地から来た。この土地のものではない」
「あ、そう。では人質」
廊下は暗い。
遠くに詰め所と案内板が光を放っているだけ。
その廊下に人が倒れている。
いや………黒身(こくしん)だろう。
「医師が母をどこかへ連れて行った。私を煽るためだから、まだ生きているはず」
「黒身を殺したか?」
「知らない。動かなくはなった。どうしようか。大声を出したら人間のナースが来て探しにくくなる」
この女は………美香の姉は恐ろしく冷静だ。
生き物はみな追い詰められると生命を燃やすが、この女は冷めきっている。
ただ家族を守るため………機械的に動く。
その視界には我ら黒身の精神や命など、微塵も含まれていない。
美香の姉妹なのに………。
いや、美香も人間だ。
相容れない。
結局は我もこの女と同じだ。
一族と家族の事だけ………。
なのにどうして美香が頭から離れない。
「屋白美香はどうした」
「え!?美香が来ているの??」
「二人で来たがその後は覚えていない」
「手を出した?だったら今殺すけど」
「何もしていない。………ただ、コーヒーを飲んだ」
「は?」
羽根の音が聞こえる。
都会の黒身、下渦(げか)。
(目の前で母親を殺せば、その女の心は折れます。さぞかし美味しいでしょう。髪子(かみんこ)ですし。聖森(せいりん)の方、一緒にどうですか。ぁあぁ)
つづく。