緊急搬送口と書いてある。
表玄関は閉まっていたが、ここは通り抜けられるだろう。
数十年、いや百年以上前。
我は一度病院に来たことがあるが、このような清潔で機械が沢山ある所ではなかった。
目の前の廊下を、青い服を着た若い男性看護師が横切った。
我はその男性看護師に後ろから抱きつき、接吻をした。
男性看護師はその場に崩れ落ちた。
我はしゅるりと身を震わせて、男性看護師に化けた。
………目の前にはいつの間にか屋白美香がいた。
「あれれれ?早苗!?何をしたの」
「………お前、駅に置いてきたはずだ。何故我より速くここにいるのだ」
「ん?駅からタクで来たよ」
「………こいつは眠らせた。朝には目を覚ます」
そう言って我は男性看護師を用具室に押し込めた。
そこへライトを照らした警備員が通りかかった。
「お疲れ様です、犬井看護師。………その方は?」
「本日の面会の方です。C練に忘れ物をしたらしいのです」
警備員は会釈をして搬送口へと戻って行った。
双方の者、離れていても分かる………。
下禍(げか、都会で野生化した黒身)の者は2匹。
我の存在に気づいているな。
髪長氏の一族は屋白美香を除いて3人。
一つどころに集まっている。
全員は殺めない。
母親か父親だ。
屋白美香は幼い頃、黒氏洞穴に入るという禁を犯している。
そして今、我の娘がその洞穴前で殺された。
われが髪長氏の一族を一人でも殺めないと、我ら黒身一族の者は納得しない。
黒身妖、母上様。貴方もそう思いになったのか。
貴方が人間と共に髪子の儀(かみんこのぎ)を作ったと言うのに。
我らは教えられてきた。
………およそ700年前。室町幕府、足利将軍に敗れ黒氏盆地に逃げてきた武士一族、髪長氏(かみながうじ)。
そしてその長、髪長武香(かみながのぶこう)。
この者の浅はかな支配で、これまでに数え切れぬ人間と黒身が死んだ。
我らの盆地は美しく見えたか?
自分たちの思い通りにできると思ったか?
そこに絶望なぞ無いと、本当に思ったのか。
屋白美香は我の後ろで鼻をズルズルとさせている。
………この女は何をするつもりだ?
つづく。