怖かったろう。
痛かったろう。
寂しかったろう。
とても寒かったろう………。
髪長氏の一族が仲間を連れてくるまで、逃げようとしても、動こうとしても、どうにもならなかったのか。
その間、その間、我の名を呼んだか………。
………抱いてやれなかった。
我が娘。
ジュラニギャミチュ。
母はこのさき一生、罰を受ける。
赤黒く腐った空から、お前のすすり泣きが聞こえる。
この萎びた6本足が、どろりとした黒い地面に喰われる。
しかし我は沈まない。
死ぬ寸前のため息をつく。
いつか死ぬまでずっと。
頭の中で我が娘、ジュラニギャミチュがきしむ音がする。
きりきりきりきり
「どうしてお金を持ってるの?」
「………」
「100万はあるじゃん!」
「………。時折、若い雄が持って帰ってくる」
「へえ。どのぐらいあるの?」
「もう使えない貨幣もある」
「そっちは窓口販売だよ、新幹線も自動きっぷ売り場があるから。こっち」
「自動???」
きりきりきりきり
我らは獣の肉があれば生きていける。
そんなことは何百年も前から分かっているのに、我らは人間の絶望を食べる。
それが食欲ではなく復讐だと気付かず………。
我も復讐を重ねるのか。
ジュラニギャミチュ、我が娘ジュラニギャミチュ。
お前の仇をとっても、また黒身(こくしん)の子供が死んでゆくだけ。
我の罰を減らすために殺しても、また黒身の子供が死んでゆくだけ。
黒身妖(こくしんよう)………母上様。貴女も何故、我を止めなかった?
下禍(げか:都会で野生化した黒身)に接触するのは禁ではなかったのか。
頭の中でジュラニギャミチュがきしむ音がする。
きりきりきりきり
「早苗、コーヒー飲む?車内販売が来るよ」
「………」
「ねえねえ。黒身(こくしん)の服ってどうなっているの?」
「うるさい」
「ねえねえ。旦那さんはいるの?」
「喰った」
きりきりきりきり
我は誰のために何をするのだ?
………殺し合いが始まる。
つづく。