薪の音と崖の上の黒身(こくしん)のすすり泣きだけが聞こえていた。
「わしはこれを最後の仕事にする。跡継ぎは気の強い京香が適役かと思っていたが………」
ばっちゃんは槍を持って黒身子供に近づき、目を一気に貫いた。
「さ………ごg……」
黒身の子は何かを呟き息絶えた。
ばっちゃんはすぐに槍を抜いた。
その時、黒身の親の側にあった大木が、人間の3倍はある大きなカマキリに変わった。
太地のじいさんが言った。
「ヤス。あれが黒身の親玉だ。名を黒身妖(こくしんよう)と言う」
黒身妖(こくしんよう)は横目に私達を眺め、何も言わず森に消えていった。
母親の黒身(こくしん)が言った。
「許さん………許さんぞ!古から我らを迫害し、子まで奪うのか!」
太地のじいさんが崖を見上げて言った。
「黒身よ。これはわしらとお前らとの約束だ」
「そこの女は禁を犯して黒氏洞穴へ入っておるぞ!一族はみんな分かっておる!」
皆、ざわついた。
あたしの事だ。
バレていたか。
でももう、ここで何を言ったってどうにもならない。
命がひとつ亡くなったのだから。
何を言ったって無駄だ。
あたしは子の亡骸の前に尻をつき、その硬い体を抱きしめた。
黒い血は手がヒリヒリとした。
崖の上の黒身は刃と羽を震わせて言った。
「おのれ髪長氏の一族め。どこまで我らを虐げる??許さんぞ。許さん。………女!我が娘の亡骸を抱くな!!お前達が殺したのだろうが!?抱くな!!」
あたしは涙がこぼれた。何だ?これは何をしている?何故憎しみ合う?何が約束だ?
それで子供が死ぬのか。あたしとあいちゃんは黒身のおっちゃんに助けてもらったのに。
崖の上の黒身は触覚を震わせた。
「………おい、女。お前の一家はシロバコを下界に持ち出しているな?………遠くにいても分かる………。都会の病院で我らの一族に憑かれているな?」
婆様が諦めた顔で言った。
「………そうじゃな」
「子を、家族を失う気持ちを知るがいい。悪魔の一族、髪長氏の一族め、思い知らせてやる。お前らの家族を引き裂いてやる」
母親の黒身は都会の洗練された女性に化けた。
あたしは体中、真っ黒になりながら子の頭をゆっくりと土へと離した。
「…………行くといい。でも、あたしも行く」
つづく。