目次

 

 

 

黒身(こくしん)の子が震えるように触覚を動かしていた。

他の部分はもう動かすことが出来ない。

たくさんの槍(ヤリ)が身体を貫いていた。

 

あたしは思わず叫んだ。

「………?………? ちょっと!!ちょっと!!子供でしょ!?」

 

一際大きな身体をした………太地のじいちゃん??が言った。

「屋白のばあさん。ここは『林業組合』だ。なぜ孫がいる?」

「わしは年老いた。後はこの子に継がせる」

「そういうのは『林業組合』の会合で言ってくれないと………」

 

一歩下がった暗がりから元カレのヤスが出てきた。

「美香?美香か!?お前、何故ここにいる?」

「ヤス!?え、いや、連れてこられた」

 

「ジュラニギャミチュ、ジェグジェレ、ごめんね、ジュガリ………」

 

洞穴の崖の上にいる黒身(こくしん)。

上半身は人間に化けているけど………。

絶望の淵に見えた。

土に突っ伏してよく分からない言葉を繰り返していた。

この子の名だろう。

 

ばっちゃんは洞穴を指差して言った。

「美香。よく聞け。この黒氏盆地の人間と黒身は棲家を分けている。洞穴からこっち側が人間の土地、向こう側の森が黒身の土地。この子供の黒身は………。多分、崖の上から足を滑らしたのだろう。そして見回りに見つかってわしの所へ知らせがきた」

 

「………事故じゃん。帰らせればいいじゃん!大人がよってたかって虫だけど、カマキリ?だけど、どうしてここまでするの!?」

 

「もしわしらが黒身(こくしん)の森に入ったら八つ裂きにされる。同じようにわしらの平地に入った黒身は串刺しにされる。黒身が平地に入っていいのは年に一回だけ、シロバコの確認の時だけ。お互い様だ………」

 

「………でも血が………あんなに」

 

「美香。よく聞け。お前が納得せんのを分かって言う。太地のじじい、ヤスの一家の仕事はその名の通り『退治』。

 

そしてわしらの名字は『屋白』。昔、ここにあった社を任されていたからだ。だがわしらと黒身(こくしん)との約束の間に神を入れるのはおかしい。

 

だから社はなくなった。そして役立たずになったわしらの一家の仕事は………。境界線を破った黒身(こくしん)に『トドメ』をさすこと。皆が嫌がることだ………」

 

「………は?え?あたしにやらせるの?は?殺させるの?」

 

ヤスがうつむいたまま言った。

「美香。俺も太地一家の人間だ。爺の後を継がなきゃいけない。逃げ惑う黒身(こくしん)の子供を突き刺す気持ちも考えてくれ」

 

しばらくは薪のパチパチとなる音と、崖の上の黒身(こくしん)のすすり泣きしか聞こえなかった。

 

 

………なにコレ?

 

 

 

 

つづく。