夜。
黒身(こくしん)はその尖った歯と刃を鈍く光らす。
狩りの時間だ。
母さんは失明するかもしれない大怪我。
私は母さんを自分の個室に入れてもらった。
例の医師はニヤニヤと、
「ご家族一緒のほうが心強いでしょう」
何を言ってる。一度に襲いやすいだけだろうが。
私は母さんとベッドを近づけた。
「何故ずっと黙っているの?」
「母さんは絶望なんてしない」
「………うん」
「京香はどうして私らの名字が屋白か分かる?」
「分からない」
「私らの先祖は黒氏洞穴の側に社を建てる一家だった。でも今や社は無いし私達の名も当て字になった」
「黒身(こくしん)に対抗したの?」
「そうだろうね。だから私らは門だ。年に一度のシロバコの確認以外、黒身(こくしん)を黒氏洞穴、黒氏町には入れない」
シュー………
スライド式のドアが開く音と床を照らすライト。
カーテンに女性の影が映った。
「屋白さん。お声が聞こえますよ。もう休みましょうね」
「………うるさいよカマキリ!」
私はつい大声を出してしまった。
「あらあら…………。どうしたのです?私どもがMRIの結果を偽っているかも知れないと?脳に重大なダメージを受けていることを隠しているとでも?
お母様の目はもう完全に見えなくなっているのに、私どもがまだ見えるかもしれないと、陰で嘲笑っているとでも?ひどいなぁ………あら先生」
『医師』の影が現れた。
「もう目は見えませんよ。介護が必要な年齢までもうすぐだと言うのに。どうやって盲人を介護するのでしょうね。黒氏町には大きな病院、介護者施設は無いですしね」
カーテンに映る『医師』の影は『幼い女の子』に変わった。
「先生、言い過ぎです。もう少し遊びましょう」
『女性』の影は『杖をついた老人』に変わった。
幼い女の子の影が話した。
「角膜はもうダメ!二度と家族の顔は見れないよぅ」
杖をついた老人の影が話した。
「ふはは、先生、この仕事しか生きがいのない娘さんはとてもお強い。いじりがいがあって仕方がない」
「あははぁ。あたしはここではお医者さんなんだから、あなたも看護師さんらしくしてね」
「はは、先生、どうしましょう?」
「屋白京香ちゃん。あたしは明日、あなたをころすの。電車の事故を見て頭がおかしくなっちゃったーでいいでしょ。車椅子みたいに落としてあげる。
ここはお姉ちゃんが家族だけの部屋にしてくれって言ったよね。あは。そしてそのお母さんは目が見えない。やりたい放題だよね。バカかよ。あひゃひゃ。
ここは○階だよ?落ちたら即死だよ?あはぁ自死と盲目。残された家族は絶望の淵に落ちまーす」
「はぃは、先生、少しずつ食べ物が滲み出てきました。おいしい、おいしい」
2人の影は大きなカマキリへと変わった。
そこへ突然、バタバタと足跡が響いてきた。
「あっ。………あー来た来たよぅ」
「………来ましたねぇ」
男性看護師の慌てた声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと。面会は終わってます、ちょっと、まず医師に………」
父親が部屋に駆け込んできた。
「千佳!京香!大丈夫か!!」
そして荒々しくカーテンを取っ払った。
「千佳!千佳!分かるか!俺だ!」
(………集まる。集まる。この家族の芯はギブスの女の京香だ。まずあいつを壊す。おいしい。おいしい。みんな一生に一度しかしない顔を見せておくれ。ひゃぁ)
つづく。