僕か。翔太だ。
律子の兄。
小学生の翔太と親友の賢一は夜の河原で寝転んで星を見ていた。
10月に入ったからか吹いてくる風はほどよい。
2、3日前に降った雨の芝生は彼らの服を少し湿らせた。
彼らは何も話さなかった。
それはどんな声をも、かき消してしまう宝石箱の様な夜空が広がっていたからだ。
ひとつをみれば、それはうっすらと点滅している。
ひとつをみれば、それは他の物よりも少し大きい。
賢一は何度も口を開こうとした。
しかし言葉を失ってしまう。この宝石箱の下では。
だが賢一は黙ってるばかりではいけなかった。
翔太と話すべきことがあった。
賢一はそっと翔太の顔を見ようとした。
芝生がすれる音がして翔太が気づかない様、できるだけ目だけで見ようとした。
翔太は綺麗な青白い顔で星を目に映していた。
そうか。宝石箱の中には月もあったんだと賢一は思った。
賢一は月と宝石箱を見直した。
心を奪われた。その美しさと残酷さに。
これらの事は彼らにとって永遠だった。
もう2度とこの感情は、情景は、体験できない。
塾帰りの小学生2人だ。
あとでしっかり帰宅時間で叱られる。
でもこの1秒は永遠であり、この永遠は1秒だった。
彼らはそういうことをよく分かっていた。
でも………賢一が一番美しく思ったのは月に照らされ星を目に映した翔太だった。
この夜は壊さない方が良いのかもしれない。
ここまま星の光を目で盗んで秋の風にあたりながら帰るのが良いのかもしれない。
賢一はそんな事を思いながら………でももう今しか言えないと思った。
「翔太、何時まで学校来るの」
「3学期までは行く」
「もう治んないの?」
「治んない」
賢一は分かっていた。分かっていて聞いた。
それが自分の覚悟の為だったのか万が一の奇跡を見ようとしていたのか。
見ていた宝石箱が急に歪んだ。どの星もぼやけた。
「賢一、平行宇宙って知ってる?」
「………何それ」
「この宇宙は広すぎて地球と似た惑星があるどころか、何もかも全く一緒の地球が存在してる」
「宇宙人か?」
翔太はさっと横たわり目をキラキラさせて言った。
宝石箱がまだ宿っている様に見えた。
賢一も横たわった。しかし彼の目は星のない暗澹とした目だった。
「違う。俺とお前だよ。どっかの宇宙の河原で全く同じ夜空を見てる俺らがいるってことだよ」
「………ものすごい確率じゃないか?」
「それがあるんだよ。何個も何個も。だから宇宙は凄いんだよ。だから………全く同じじゃない地球もあるかもな」
「全く?少し違うのか?」
賢一は身を乗り出した。
「そう賢一の思う通り、俺が死なない地球もあるって事だよ」
「そっか………」
二人はまた宝石箱を目の前に広げた。
「翔太。そっちの地球だったらいいな」
「多分そうだよ。でも地球ならまだしも………。最近、妹の律子が俺以外の家族を火星人って言うんだ(笑)」
「火星ってタコがいるところか(笑)」
その時、大きな風が河原の芝生を吹き抜けた。
「大人になりたくねーなー」
「ああ、なりたくねー」
「俺このまんまでいいや。成長するのもイヤ」
「いやいや、お前そろそろ死ぬかもしれないのに(笑)」
「そうだな(笑)まあ賢一、宝石箱だけ覚えとけ。一生無くならないから」
二人は起き上がって土手道の自転車に向かって芝生を登っていった。
「まぁたロッテファンが減るなぁ………」
「ほれ、帰るぞ」
「死ぬやつは気楽でいいなー。今年のロッテは本気だぞ」
秋のひんやりとした優しい風が二人を包み込んでいた。
(つづく)