ねえねえ、スイカ食べるよね?
食べないよ。
どうして?
果汁がシャツに飛ぶだろうが。
ふーん。あ、それ、線香、消えてるよ。
ああ。ライターはどこだ?
香炉の下の引き出し。それよりさ、プール連れてってよ。
行くわけないだろ、スーツ着てんだぞ。そもそも線香立て過ぎ。まとめろよ。
今日、帰っちゃうんだ?
お前と違って休みがないんだよ。
スイカ食べてないの、お兄だけだよ。持ってこようか?
いらないから。
………ふーん。
仏間から見える階段の手すりで、妹の結菜が身を乗り出して笑っていた。
日に焼けた肌で、アイスの棒を咥えて。
俺がスイカを食べないのを分かっているのに、いつもいつも、聞いてくる。
お盆に線香をあげに帰って来る度に。
生きていればもう22歳になるか。
だけどあの日からずっと小学生の姿のままだ。
結菜はいつまで俺をからかうのだろう。
こんな歪な関係をずっと続けてゆきたいのか。
それとも何かをして欲しいのか。
結菜は階段から身を乗り出して、鼻歌交じりに俺の方を見て笑っている。
ねえねえ、そこのお菓子たべていいのかな?
………。
本当は分かっている。
結菜がいつまでも俺をからかうのは、俺がスイカを食べないからだ。
そして線香に火をつけないからだ。
坊さんが言うには、死者は良い香り、香りそのものを食べるらしい。
そしてまた、線香はあの世への道標になるんだと。
本当かよ。
だけど、だからこそ俺は結菜に線香をあげず、
その代わりに自分もスイカを食わないのだろう。
それはもしスイカを食べてしまったら、
結菜はもう、俺をからかってくれないのかも知れないと思うからだ。
それが寂しくて、やりきれなくて、もう10年も断り続けてきた。
故人の死を受け入れるなんて、自分たちの一方的な感情ではないのだろうか。
故人だって自分を受け入れて欲しいから、ずっとからかってくるんじゃないのか。
そう思って炊いた線香は、僅かな火花を散らして白い香りへと変わった。
ねえねえ、スイカ、ほんとにいらないの?
………いや、食うよ。でも塩はいらないから。
結菜はニッコリとして、階段を駆け上がっていった。
(2025/07/26加筆)