私はひとり聖堂にいた。

 

 

1時間は祈っただろうか。

 

 

帰宅すると姉はまた居なかった。

姉はもう助からない病気だ。

お世話になった人達に挨拶をしてまわっているのだろう。

電動式の車椅子だから移動は一人でもそんなに難しくない。

 

 

父も母も姉も、もう覚悟をしている。

だから食卓は明るい。

野球の話で父と姉は喧嘩をする。

私はケラケラと笑う。

 

 

私は随分と前から婚約をしている。

でもいざ入籍、挙式となるとためらってしまう。

姉は祝ってくれるだろうけどいつ「その日」が来るか分からないのに自分だけが幸せになってもいいのかと思う。

 

だからこの話は家庭内ではタブーだった。

 

 

そしてまたある日、私はひとり聖堂で祈っていた。

何とか姉が助からないものかと。

1時間は経った。

 

私は席を立った。

その時どこかから声が聞こえた。

 

 

 

『貴方は姉の為に死ねますか?』

 

 

 

何?誰?どこから聞こえたの?

 

そして私はその内容にも戸惑った。

姉が助かる。私は死ぬ。家族は泣く。婚約者も泣く。

 

そこに意味はあるのだろうか。

 

でも姉は小さい頃から何でも譲ってくれた。

オモチャも母親が何を言わずとも、笑いながら譲ってくれた。

 

 

それでも………。

私が死んだら元も子もないんじゃないか?

 

 

しかし、ふと姉の優しい声が頭に響いた。

 『はい、ゆうちゃん。これあげる』

 

 

 

「死ねます」

 

  

 

『では………姉を助けましょう』

 

 

 

聖堂は静寂に戻った。

 

 

 

その後、ある薬が厚生労働省に認可された。

情報が少なく値もかなりするので見過ごしていたが、これからは保険で買える。

 

 

それを使うと姉はみるみる回復した。ガリガリだった身体が通常に戻った。

姉は理学療法に通った。すると………歩けたのだ。

 

 

父と母は涙した。

駆けつけてくれた婚約者も涙を浮かべていた。

そして私を抱きしめた。

 

 

でも………ごめんね。私は貴方と一緒にはなれない。

病気か事故か。私はそろそろ居なくなるよ。

 

 

私は一人で聖堂に行った。

今日は祈らなかった。

声を待っていたが、もう逃れられない運命だと分かっていた。

 

 

私は聖堂を出ようとした。

そうすると後ろから声が聞こえてきた。

 

 

 

『………覚悟。私が見たかったものはそれだけです』

 

 

 

私は涙した。

祈りは無駄ではなかった。

 

 

どうして私たち姉妹を?

地球に80億人も人がいるのに?

どうして姉を助けたの?

私の命なんて吹けば飛んじゃうよ。

 

 

どうして………。

声の主は私が自分自身の為にしか、

祈っていなかったことを見透かしていたのだろう。

 

 

だから………。

次の日から私はまた毎日1時間、今度はこの世界の為に祈った。

そこは残酷で、悲しくて、そして愛のある世界。

 

 

 

 

 

届け。私の祈り。

 

 

 

 

 

 

 

(2025/07/10加筆)