私は水の中を水面に向かって落ちてゆく、落ちてゆく。
世界を変動させる、高次元の”何か”の力が働いている。
私の心を突き破る、なつかしい”誰か”の声が聴こえる。
アンモナイトの裁判官が走るように上から落ちてきた。
たくさんの足を使っても、六法全書をめくるページが追いつかない!
「被告人っ!!貴方は2023年6月13日午後2時32分頃、東京都江戸川区の中央森林公園で何をしていましたか!?」
「………!?………娘の夕ちゃんとお別れをしました!!」
水中に吹き上げてくる風が私のパジャマをはだけて、黄色いアヒルの雨着が水面を抜けた。私はすっと地面に舞い降りた。
あじさいの前で座る君。
私の娘の夕ちゃん。
どうして背を向けているの?
その黄色いフードをとってみて。
お母さんはね、もうすぐ入院するよ。
どうしてこっちを向いてくれないの?
『どうしてお母さんは泣いてるの?』
ワニのプランクが右手の紅茶をこぼしながら雨のように落ちてきた。
植え込みにアタマから突っ込んで、犬の様に唸った。
『四次元立方体は点と線と立方体、そして時間です!
本来、その空間には三次元で活動する我々では到底、辿り着けない。
ではそこには一体、何が存在するのでしょうか?
過去・現在・未来・喜び・怒り・哀しみ・楽しみ・優しさ!!
それら全てが同時に起こる場所!それら全てを内包するもの!
もし我々がその”何か”を認識できるとしたら、
それは余りにも単純で永久不変なものなのでしょう!』
ワニのアゴは硬いらしいけどアタマも固い!
でも分かり易く、ありがとう!
それは愛。
夕ちゃん。
お母さんはね、入院するの。
でもね。必ず帰ってくるからね。心配しないでね。
私は黄色いフードごと夕ちゃんを抱きしめた。
『どうしてお母さんは笑っているの?』
何も悲しくなんかないから。でもね、夕ちゃんは泣いてもいいんだよ。
梅雨の湿った青々しい植物の香り。
点々と空から舞う水色の天使たち。
木々と土とカッパが奏でる後奏曲。
そんな中でも夕ちゃんの雫ははっきりと見えた。
この一滴のために私とブラトニアはあったんだ。
抱き合う私たち親子のそばで、風に吹かれたノートが最後のページを開いた。
(終話へ)