3年ほど前まで、仕事でお世話になっていた人がいる。
暫く音沙汰がないと思っていたら、先日亡くなられたと伝え聞いた。
昔、彼と同じ職場にいた人が訃報を伝えてくれた。
肝臓がんだったらしい。
1年くらいは闘病していたんだろうが、そんなことは周りの誰にも言わなかったようで、彼を知る誰もが、彼の訃報に耳を疑った。
家族だけでひっそりと葬儀を行ったそうで、訃報を伝えてくれた人も事後に知らされたらしく、急遽、焼香だけしてきたとのこと。
棺の中に自転車のウェアを入れてもらったらしい。
それを聞いて、俺は心の中で慟哭した。
彼を自転車の世界に引き込んだのは俺だからだ。
仕事でお付き合いがあったころ、俺が自転車競技をしていることを知って、「定年後に無趣味も辛いから、自転車を始めたいがどうすればいいかね。」と聞いてくれたのがきっかけで自転車を始められた。
数十万円するのが当たり前の自転車の世界で、「小遣いで買える自転車を捜してくれ。」といわれて、5万円くらいのクロスバイクを勧めた。
輪行の仕方も教えて、使わなくなった輪行バッグをプレゼントした。
彼が自転車に乗り始めて暫く経ったころに、渥美半島1周に誘って、一緒に輪行して走った。
その後、三方五湖あたりのサイクリングに誘って一緒に走った。
輪行の楽しみ方を知った彼は、夏休みを利用して四国のしまなみ海道にサイクリングを計画してきた。
2度ほど、しまなみ海道を一緒に走らないかを誘われたけど、自転車レースの中で一番重要視していたシマノ鈴鹿ロードというレースを控えている時期だったので、やんわりお断りした。
(レース前の大事な時期に、2日もサイクリングペースで走るなんて勿体無い)と本心では思っていた。
彼は1人で輪行し、しまなみ海道を走り、嬉しそうに土産話をしてくれた。
自分はなんて器の小さい男なんだろうと今さらながら自己嫌悪になる。
その2日間に自己流の練習をしたって、大して成績が上がるわけじゃない。
サイクリングペースでも、ペダリングのチェックとか、レースで活かせる練習があったかもしれない。
その後、やっぱりロードが欲しいと、やはり小遣いの範囲で買えるロードを探してくれと言われ、俺が見繕ったロードを買ってくれた。
これから色んな土地を走りに行こうと思っていたんだろう。
北海道も走りたいが、一緒に行かないかと、やっぱり誘ってくれた。
俺の馴染みの自転車屋で買ったロードバイクをご自宅に届けた時、調整がてら近所の河川敷を一緒に走った。
彼と一緒に自転車に乗ったのは、これが最後だった。
ご自宅に数回お邪魔したことがある。
そのころ独身だった俺に、いつも奥さんが昼ごはんをご馳走してくれた。
ご馳走といっても、カレーライスとか天婦羅うどんとか。
生活感が漂う食卓だったが、実家にいるような温かさがあった。
俺の実家も同県内にあるが、秘かに第2の実家、第2の両親と思っていた。
現役時代は、家庭も顧みずに働いていたらしく、それを負い目に感じていた彼は定年後、奥さんのママさんバレーに付き合ったりしていた。
そんな、飾り気のない優しさも、見習うべき彼の魅力だった。
見た目は大介花子の大介風。
品のある人ではなかった。
だけど本音で話せる人だった。
仕事の仕方、人の使い方、人との付き合い方、酒の飲み方、自転車の楽しみ方、いろんな事を彼に教わった。
墓に布団は掛けられぬというが、今回ほどこの言葉の意味を痛感したことはない。
彼が愛した自転車をこの手で綺麗にするくらいしか、今の俺にできることはない。
年内に焼香に伺うつもりなので、その時に長居してもよければ自転車を磨かせてもらおう。
フレームを磨いて、チェーンもスプロケットもピカピカにしよう。
いつでも乗れるように。
多分、泣きながら洗車するんだろう。
しまなみ海道を一緒に走りたかった。
後悔ばかりだ。
安らかにお眠りください、お疲れさまでした。