妄想とはなんだろうか。
よくカップルとの喧嘩などで
女性「あなた、浮気したでしょ?何よこのメール!みたのよ!」
男性「違うよ!単なる友達だよ!妄想だよ!」
といった会話がみられ、その際にも出てくる妄想という言葉。日常的にもよく使っている人も多いのではないだろうか。
妄想ではないか?→いや、違う→絶対、妄想だよ→証拠はある・・・・無限ループ
この妄想かどうか、極めて水掛け論になる確率が高い。というのもお互い認めないからである。
その理由のひとつに妄想の定義が曖昧な事がある。
また、妄想は統合失調症でよくみられる現象である。
具体的には、次のような例が統合失調症の方にはよくみられる。
「私の飲み物には毒が入れられている」「世界中の人が私を狙っている。これは国家ぐるみの陰謀だ」
まず、妄想という言葉を定義したのはカール・ヤスパースである。彼は1913年に発表された著書(精神病理学原論)で次のように述べている。
それでは、我々の日常生活に定着した妄想という言葉、専門的にはどのような事をいうのか考えてみたい。
1 非常な信念、何ものにも比べられない主観的な確信
2 経験上こうである筈だとか、こうだからこうなるという正しい論理に従わせることができない
3 内容がありえないこと
さっきのカップルで考えるならば、女性側の妄想主張は1は当てはまるが2、3が微妙である。
さらにヤスパースは妄想の中でも次の3つを一次妄想と呼んでいる。
・妄想着想:突然変なことが頭に浮かぶ
・妄想気分:周りが変なふうに感じる
・妄想知覚:論理的につながりのない発想をする(例:犬が前足をあげたから世の中が滅びる)
ヤスパースは妄想というものをこのように区別したのである。
しかしこれには批判もある。
ロジカルに分けているのだがそれが現実とは結びついていない。
そもそも、妄想着想ってなんだ突然変なことが思い浮かぶってあるのか?思い浮かんだとしてもそれはなんらかの過去の経験と結びついてるんではないか?と。
非現実的な分類であり意味がないと。
これに対し妄想を現実に即して述べた人がクルト・シュナイダーである。
次回、クルト・シュナイダーの妄想についての考えを述べる。
よくカップルとの喧嘩などで
女性「あなた、浮気したでしょ?何よこのメール!みたのよ!」
男性「違うよ!単なる友達だよ!妄想だよ!」
といった会話がみられ、その際にも出てくる妄想という言葉。日常的にもよく使っている人も多いのではないだろうか。
妄想ではないか?→いや、違う→絶対、妄想だよ→証拠はある・・・・無限ループ
この妄想かどうか、極めて水掛け論になる確率が高い。というのもお互い認めないからである。
その理由のひとつに妄想の定義が曖昧な事がある。
また、妄想は統合失調症でよくみられる現象である。
具体的には、次のような例が統合失調症の方にはよくみられる。
「私の飲み物には毒が入れられている」「世界中の人が私を狙っている。これは国家ぐるみの陰謀だ」
まず、妄想という言葉を定義したのはカール・ヤスパースである。彼は1913年に発表された著書(精神病理学原論)で次のように述べている。
それでは、我々の日常生活に定着した妄想という言葉、専門的にはどのような事をいうのか考えてみたい。
1 非常な信念、何ものにも比べられない主観的な確信
2 経験上こうである筈だとか、こうだからこうなるという正しい論理に従わせることができない
3 内容がありえないこと
さっきのカップルで考えるならば、女性側の妄想主張は1は当てはまるが2、3が微妙である。
さらにヤスパースは妄想の中でも次の3つを一次妄想と呼んでいる。
・妄想着想:突然変なことが頭に浮かぶ
・妄想気分:周りが変なふうに感じる
・妄想知覚:論理的につながりのない発想をする(例:犬が前足をあげたから世の中が滅びる)
ヤスパースは妄想というものをこのように区別したのである。
しかしこれには批判もある。
ロジカルに分けているのだがそれが現実とは結びついていない。
そもそも、妄想着想ってなんだ突然変なことが思い浮かぶってあるのか?思い浮かんだとしてもそれはなんらかの過去の経験と結びついてるんではないか?と。
非現実的な分類であり意味がないと。
これに対し妄想を現実に即して述べた人がクルト・シュナイダーである。
次回、クルト・シュナイダーの妄想についての考えを述べる。

